十二

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十二

 次に何か手がかりがないかという部長の掛け声に小栗が手を挙げた。 「火災で亡くなった人はニュースでご覧の通り三名いらっしゃいます。そのうち二名は超有名人でして……」  前に出てホワイトボードに三人の名前を書く。  塩原胡呂奈、31歳、独身、シオバラ製薬の所長補佐にして塩原錠一郎会長の次女。それにこの前まで流行していた新型ウイルスに対する抗生剤を開発した研究者の一人だと。誰もが知っている事実をそのままに。  長沢渉、47歳、既婚、末期の肺癌患者でありながら新型ウイルスに羅患した経緯で入院治療中だったと。  榊原玄武、75歳、既婚、厚労省感染対策統括委員長。一過性の意識消失で一泊入院をしていたと。  長沢渉を抜いた二人は誰もが知っている有名人だ。  そしてここから小栗は一気に話をすり替えることに。あくまでもここからは自分の勘だ。何が正解かは分からないけれど、何パターンも推測する必要があると思い持論を述べた。  その当日、タバタ製作所のボイラー点検時にタバタ製薬の営業が何故だか時間外にわざわざ病院を訪れている。これは偶然なのだろうか?  もともとシオバラ製薬とタバタ製薬はライバル関係にあったと、もっぱらの噂。そんな中、タバタ製薬の営業である橋本という人物が来院した時に、偶然にもシオバラ製薬の松井という人物も来院したというのだ。その時にもしも塩原胡呂奈が入院したことを知ったらどうするだろうかと問いかける。 「憶測だけで話しても(らち)が明かん。それよりもっと情報はないのか?」  鈴木警部は小栗の話を一旦終わらせると佐藤がすぐに手を挙げた。 「病院で調べた結果ですが、塩原胡呂奈は何らかの未確認ウイルスに感染していたとの情報が。先日ニュースで騒がれたペネトウイルス関連だったと医師が言ってましたけど」 「お、それこそ興味深い話だ」  部長は小栗の顔を見てニヤリとする。ただ小栗もそれを聞いて確信を得たようにニヤリと微笑み返した。  未確認ウイルスが原因ですぐには感染病棟集中治療室を開けられなかったとの病院からの報告でした。それに死亡していたなら即時火葬も止む無くなかったと。  でも火災前までは急変したとはいえ、死亡確認はされていなかったとの報告が。医師はこの状況に凄く悩んだそうです。それで結論からして最後に助け出すのが妥当ではないかと判断して動いた結果がこうだったと。 「それなら、やっぱりタバタ製薬の橋本と未確認ウイルスの情報を持っていた医師が怪しい。いったい誰から訊いたんだ?」  佐藤の話に割り込むように小栗が尋ねた。佐藤は慌ててメモ帳を捲り名前を探す。 「え~とですね、田中恭介医師です。感染症センター救急医を務めている若いお医者さんでした」  穂香からも聞いたことのあるお医者さんだ。田中医師はよく穂香に付き纏い、事あるごとに食事に行かないかと誘っていたっけ。適当に断っていたようだけれど、田中と小栗の給与を考えれば天と地の差があるので、いつかこいつに靡くんじゃないかと不安を抱えていたのも確かだ。 「小栗警部補。何を考えてる?」  部長が机に肘をつき顎髭を触り始めた。こちらの話に少しは耳を傾けてくれる様子だ。チャンスは逃したくない。今だけは穂香にやきもちを妬くのは()そうと気持ちを入れ替え、両手で頬をパチンと叩いた。 「もしもこれが塩原胡呂奈殺害のための放火だったらどうです? おそらく未確認ウイルスはまだ分析が終わってません。そのうえ、こういうウイルスの抗生剤を開発したのが日本で先陣を切ったシオバラ製薬ですよ。次こそはと思う企業が数多ほどいると思うんですがね。例えばライバル会社であるタバタ製薬とか」  未確認ウイルスに感染したと思われる塩原胡呂奈なら、そこからウイルスを提供してもらえれば話が早い。空港検疫からの依頼ではなく病院からの依頼なら自由に扱えそうだし、政府が関わる余地もない。なんなら田中医師とグルを組んでてもおかしくない話だ。ディベートが発生していれば確実に証拠と成り得る。
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