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一
23時39分
もう日が変わりそうな真夜中に突然、小栗真治は起こされた。
夜勤明けだったその夜、小栗のスマホがいきなり鳴り響き、夢うつつだった体を無理矢理目覚めさせる。エアコンの切れた冬のベッドから腕を伸ばしスマホを取る小栗は、冷たいスマホに鳥肌が立つのを感じた。
ふと電話の相手を見ると、成宮大学病院送信専用ダイヤルと表示されている。どうやら病院勤務の彼女、清水穂香がこんな夜中に職場から電話をかけてきたようだ。自分のスマホを使わずに職場の電話を使ってかけてくるなんて、ホント駄目な看護師だと呆れてしまう。
「もしもし、穂香か? なんだよ、こんな夜中に。いい加減浮気チェックとか止めろよな、バーカ」
小栗は寝ぼけた眼を擦りながら、あからさまに嫌そうな声で電話に出て先制の一声を浴びせた。
たまに穂香は寂しさを理由にガサ入れのような電話を突然してくるから。いつもくだらない話はメールで送ってくるくせに訳が分からない。
きっと今日もそんなところだろう。刑事が浮気などするはずないと言っているのに、信用してくれやしないから。確かに非番の時は仕事など忘れて遊び呆ける時もあるけれど、それは男の甲斐性と言うことで済まされないのだろうか。次回はせめて私服パトロールとでも言っておこう。
でもなあ、浮気するほど暇ではないし、そんな元気もない。寝れる時に寝ておかないと、身が持たないのが警察と言うものだ。
「違う違うの、真治さん。助けて……びょ、病院が火事なの!」
穂香の切羽詰まった声が電話越しから聞こえてくる。
「え? 火事って……」
「火事って火事よ。大火災なんだってば! お願い……助けて」
そこまで言って穂香からの電話はプツンと切れた。穂香が切ったのか火災で電話線が切断されたのかは分からないけれど、一気に小栗の顔が青ざめていく。
火事って何だよ。大火災って、あの大学病院が?
それとも冗談?
小栗の頭の中でグルグルと押し問答が続いた。続きながらも急いで着替えて車へと乗り込む。そして三十分以上かかる穂香の職場先へと急行した。まったく状況も掴めなければ、どれくらいの火災なのかも分からない。ボサボサな髪は気になるけれど、とりあえず帽子を深く被って誤魔化すとする。そんな小栗はただただ真夜中の道路が青信号であり続けるようにと祈るばかりだった。
大学病院に近づくにつれて、段々と現場の様子が見えてきた。信号待ちをする小栗の眼前に何やら異様な光景が広がっている。まだ距離はあるものの、ここからでも見える真夜中の煙。それが黒煙なのか白煙なのかは分からない。ただ物凄い勢いで大学病院の方から煙が立ち上っているという事実だけは、はっきりと見えた。
あそこは確か感染症センター救急棟のある方向。穂香の勤め先だ。見ているだけでハンドルを握る手が汗ばんでくる。馳せる気持ちを押さえるので精一杯だ。それにしてもいったいあそこで何が起こったというのだろうか。
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