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四
暫くして誰もいない感染症センターから外に出た小栗は所轄の後輩である佐藤涼真巡査長と連絡を取り、救急棟の患者が移送された本館一階ロビーへと足を運んだ。
「先輩、わざわざ非番の夜に来なくても」
「まあな。ちょっと知り合いが連絡くれてな」
「え? 知り合いって看護師の彼女さんっすか? そう言えばこの病院でしたっけ?」
ニヤニヤしながら言う佐藤にイラっとする。
「バカ。声でけえんだよ」
思わず小栗はどついてしまった。だが、今までの状況が分からないので改めて佐藤に詰め寄り問い質す。
「ところで怪我人の状況は?」
「分かんないっす。ただ職員は全員無事らしいっすよ。良かったっすね」
また俺を揶揄するような上目遣いで見てきた佐藤をポカリと叩き、礼を言った。内心少しホッとする。
そして周りを見渡すとお茶やおむすびをトレーで配るおばちゃんたちの姿が見えた。
「あれは?」
俺はその光景を見て思わず佐藤に尋ねる。
「あれは近所のおばちゃんたちみたいっす。こんな夜中に気を利かせて作ってきてくれたみたいで。まだまだ日本も捨てたもんじゃないっすね」
佐藤も感心しているようだった。小栗も正直、この光景には驚いている。こんな都会にもまだまだこんな助け合いの心があるなんて思いもよらなかったからだ。思わずホッコリとさせられる。
そんな時、突然後ろから聴き慣れた声が聞こえてきた。
「真治さん。おっそーい」
声と共に肩を叩かれて振り向いた小栗は、穂香の元気そうな姿を見て安心した。すっかりいつもと変わらない声に戻っている。ただ体中に炭がついたのか、顔も白衣も真っ黒だ。
「遅かねえよ」
少し怒った口調で返事をしながらも、無事な穂香を見て思わず頭を撫でてしまった。無事で何よりと言いかけそうになったけれど、その前に穂香から悲しげな表情で病院での惨劇を聞かされた。
「救急棟の患者さん、二人、助けられなかった」
とても苦しそうな表情で小栗の胸を叩いて言う。さも自分を責めているかのように。
「そうかあ」と相槌を打つくらいしか返事が出来なかった。
「肺癌の末期患者さんで人工呼吸器付けててね。停電したからドクターがアンビューしたんだけど。それにみんなもその患者さんたちを後回しにして助けられる患者を優先に……非常階段をみんなで患者担いで降ろしたりもしたんだ」
「……それは大変だったなあ」
「あともう一人。ウイルス研究所の塩原さんも入院してたんだけど、集中治療室の自動ドアがロックしちゃって」
ホントに悔しそうな顔をしている。穂香の親戚も先日、新型ウイルスで亡くなった経緯もあり、どうしても助けたかったようだ。でも、最善を尽くして穂香は頑張ったのだから、そこまで肩を落とすことはない。病院の職員たちも全員一丸となって人命救助に当たったのだから、それを責める奴はいないだろうから。そう思った小栗は、小刻みに震える穂香の体を強く強く抱きしめていた。
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