プロローグ

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 感染症センター救急初療室内に緊急アラートが鳴り響き、「塩原(しおばら)ウイルス研究所より緊急連絡」との放送が。研究所と感染症センターは提携しているためホットラインが備わっている。    19時47分  塩原胡呂奈(しおばらころな)、31歳。シオバラ製薬、塩原錠一郎(しおばらじょういちろう)会長の次女にして、ここの所長補佐をしている。  針刺しに注意しつつ作業中、急に眩暈を覚えた塩原胡呂奈は試験管を実験台フード内で落下。その際、一部破損した試験管内から液体が飛沫し、フェイスシールドとマスクに暴露。防護衣の隙間をすり抜け、わずかに目にも入ったと思われる。速やかに洗浄はしたものの、現段階で感染は不明。  現在、患者の容体に問題なし。意識レベルに異常なし。発熱および風邪の症状もなく、バイタルおよび体内酸素量ともに安定している。  ただちに成宮(なるみや)大学病院感染症センターへの搬送を許可願いたい。 「了解。ちなみに扱っていたウイルスの種類は何だ?」と当直医が尋ねる。  試験管内の液体は入国管理局から届いた未知なるウイルス、PーVー24。ペストの突然変異と言われるペネトウイルスです。  昨日アフリカから帰国した加藤実(かとうみのる)、40歳、会社員から採取された。その男性は隔離後まもなくして急変し、深夜未明に死亡。国家の感染拡大防止マニュアルに則り、早朝には火葬されたとの報告です。  また濃厚接触者は三名で、いずれも現段階で陰性。ただし未知なるウイルスの潜伏期間が不明のため、そのままホテル内で二週間の隔離を命じられています。 「了解した。では搬入口三番から頼む。以後、マニュアルに則り完全防護衣着用(マキシマムプレコーション)で対応すること」  成宮大学病院感染症センター救急初療室内で流れた放送に、ここで勤務している看護師の清水穂香(しみずほのか)は緊張していた。他の医療スタッフや事務職員たちも同様に落ち着きがない。言葉や表情には出さないものの、怯えている様子が伺えた。 「田中(たなか)先生。敷地内では禁煙ですよ」 「分かってるって!」  休憩室で休んでいた田中恭介(たなかきょうすけ)医師が自分を落ち着かせようと煙草を咥えてライターの蓋を開け閉めしている。普段なら冷静な田中医師も、未知なるウイルスと聞いて動揺しているようだ。  数年前に世界をパンデミックにさせた新型ウイルスをようやく終息させたばかりなのに、また未知なるウイルスがこの国に入ってくるなんて。  あれからここの救急は年中仮眠する暇もないくらい忙しい日々を送っているというのに、更なる恐怖と忙しさの予兆が聴こえてくるなんて。
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