三章 黒色菫

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ジリジリと照りつけるお日様の光は、私には決して熱くはなかった。むしろ丁度良いとさえ感じた。私の閉ざした心はそれほどまでに冷えきっていたのであろうか…。純粋な心や正直な心には、いつしか蓋をするようになり、結果、私は口にも蓋をすることに…。私にとって心とは゛感じること゛に他ならなかった。つまり私は、普段を感じることをやめたのであった。『好きや嫌い』も『綺麗や汚い』も『楽しいやつまらない』も全ては私が感じることで、それは私が私らしく生きているということである。だから当然、それに蓋をして生きていれば私は私に嘘を吐くことになり、私は私を見失うことになる…。今の私はこのようなものであった。だからせめて、私は一人でいるときくらいは、感じたままを大切にしたいと思うのであった。 よって今、私はお日様の光から本当の『誠子』をもらっているのであった。 色付けに入った。 私は、何としてでも古城の誇り高き風格に、お日様からの栄光を与えたかった。気合いを一つ入れると、左手の(ひら)にパレットを乗せ、右手で絵の具のキャップを外し、感じるままに、幾つもの色を垂らした。私は絵の具を混ぜ合わせてはやり直しを繰り返し、ようやくの思いで色を完成させた。そして、古城の一番上の瓦屋根部分にその色を載せた。 その瞬間、筆を動かす手が止まった…。 紙に載せた色は、思った色とは違った…。 その色は、私の載せたかった色とは程遠く、ほぼ『黒色の(すみれ)』であった。私はショックのあまり、その黒色菫(こくしょくすみれ)を呆然と見つめていた。すると、父の苛立った表情が頭を掠めた。それは、期待感を裏切ったことによる罪悪感とは違った。 (あの朝の『(おす)』の顔… 居間にある背の低い扇風機… あの女の企んだような笑顔… 醤油のおにぎり… 酒臭い父の笑顔… 父から見捨てられるかも…) 私の中で、よくわからない不安分子の数々が一気に散らかった。心臓の鼓動が次第に激しくなった。居たたまれなくなった私は、早々に片付けを始めて家に向かった。
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