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ううっ。まずい……。
悟は、先ほどナイフで刺された脇腹のあたりをおさえながら呻いた。出血が増えている。
それでも、走る足を止めるわけにはいかない。
横浜の中でも荒れた地区、その細い路地を逃げまわっていた。
夜の8時。まだ、この薄汚れた街が活気づくには早い頃だ。人気はほとんどない。
ゴミ捨て場を通り過ぎ、突き当たりを右へ曲がろうとしたところで、こちらへ向かってくる足音がいくつも聞こえてきた。
慌てる悟。おそらく傷ついた今の状態では、見つかったらすぐに追いつかれ、捕まる。
とっさにゴミ捨て場に飛び込んだ。すえた生ゴミの臭いや、何かの燃えあとのような焦げ臭さが一気に鼻をつく。
それでも悟は、身じろぎもせずゴミの中に身を潜めた。
「くそっ! あの馬鹿、どこへ逃げやがった」
「そんなに遠くへは行けないはずだ。探せ、探せッ!」
「殺していい、って指示が出てる。ブツさえ取り返せばあんなヤツいらねぇ」
そんな声がすぐ近くから聞こえてくる。脇腹が痛むし、息をするのも躊躇われるほどの悪臭にまみれているが、動けない。
意識が遠のきそうになった。たぶんもう、命も長くない。尽きる前に何とか警察に駆け込まないと。そうしないと、篤志――あっくんを助けられない。
脳裏に10年以上前の頃のことが思い浮かんだ。
小学校の卒業式が終わって、あっくんと一緒に竜ちゃんの話を聞いた、あの時――。
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