秘密の工場

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秘密の工場

  私は事務所の後に通された五つもの厳重なチェックルームを通過し、ようやく工場の内部に案内された。金属探知機の検査はもちろん、細々とした誓約書の記入や、身体検査やらで、実に一時間以上もの工程に私は正直『やれやれ…』とゆう(おも)いが強かった。  だが、念願の第一級国家機密のこの工場の取材が許可されたのだ。そう。この工場はこの小さな島国のとある地方町の地下にひっそりと、そして極秘裏に存在していて、世間には公表されていないし、情報管理によって秘密が厳守されているのだ。私は(つて)と長年の交渉によって、この日、ようやくここまで漕ぎ着けたのだ。  私は工場長の案内でだだっ広い工場内を進んでいた。すると工場長が(おもむろ)に口を開いた。 「ここが貯蔵庫で、全国から集まってて来た“感情”は一旦、液化して、ここに貯蔵しています」 「へぇー…」  そこは大きなプールのようになっていて、汚い液体で満たされていた。その液体は様々なな色が混じり合った絵具の()き水のようにドロッとしていて、私を不快にさせた。 「感情ですか…。一体どうやってその感情を集めるのですか?それに感情を液化するだなんてどう言った技術なんですか?」 「良い質問です。でも、液化の技術については残念ながら教えられません。国家機密ですから。まぁ、私もそこまで詳しくは理解出来ていないのですがね。  感情の回収については全国津々浦々にある携帯電話の電波塔に()した回収装置によって集められた“感情”がここに集まって来ます」 「へぇー…。携帯の電波塔を…。因みにその回収機って、大体どれくらいの数が有るんですか?」 「そうですね…。実の所、正確な数は把握していないのですが、現状では十本のうち七本は回収機だと言われていますね。でも、今も回収機は建造が進んでいます。ゆくゆくは塔の(ほとん)どが回収機と置き換わるでしょう。そもそも今の技術と電波状況だとこんなに電波塔は必要無いですからね」 「はぁ…」  この時の私は今一つこの工場長の説明の意味が分からなかった。確かに私も電波塔自体はそこら中に建っている事は知っていたが、その殆どが回収機だと言うのを信じ難かったし、そして何より感情を集めているなんて事が第一級国家機密だなんて、意味が分からなかったからだ。  そうこうしている間に私達は次の工程の部署に差し掛かった。この部署では大きなプレス機が稼働していて、大小様々な大きさの、様々な色の四角いブロックが作られていた。 「ここは結晶化した感情を特殊な処理を施した後に圧縮し、ブロックにする工程です。こうする事で再び感情が空気中に拡散して、人々に過剰な影響を与えないようにしている訳です」 「へぇー…」  一見、レンガのような、そのブロックが次々と作られていた。赤や黄色、ピンクに緑色…。そして、灰色や黒色が多かった事が私には印象的であった。 「このブロックはこの後、どうなるのですか?」 「このブロックは放っておくと、一年ほどで再び気化して消えてしまいます。そうなると、せっかくこうやって固めて取り除いた感情も再び人々の元に帰ってしまうのですよ。そうなると人々は今よりももっと疲弊(ひへい)してしまいます。  ですので地下、千メートルに埋蔵処理しています。そうすれば少なくとも数百年は気化を遅らせる事が出来るのですよ」 「はぁ…」  工場長の説明を聞いているうちに次の部署に到着した。この部署は実にカラフルで、一見、美しく見えた。 「うゎー!ここの工程は何だか色とりどりで、キラキラしていて綺麗ですね〜!」 「ハハハッ。そうでしょう。初めて見た方は皆んなそう言われますよ。  ここでは液化した感情を特殊は処理、加工、工程を()て、“結晶”へと変えているんですよ。結晶になった感情はこうやって、まるで雪のように降り積って溜まってゆきます。そして、先ほどの機械でブロックにしています。  この工場では大まかにこんな感じの作業をしているわけです」  ここまで話を聞いても私はやはり今一つ理解が追い付いていなかった。それものはずだ。いきなりこんな突拍子も無い事をしているなんて説明されても、理解が追いつくはずがない。この時の私には。  だが、工場長はそんな私の様子を他所(よそ)にどんどん案内を続けて行く。 「ほら、あの赤い結晶は人の怒りの感情の結晶です。結晶化した感情はああやって降り積もっていきます。変動はありますが、この怒りの結晶は年々増えていますね」 「へぇー…」  それは綺麗な半透明のまるで火の輝きのような色をしていた。 「そして、この灰色は人の悲しみの感情の結晶なんですよ。コレも年々増加傾向です」  ここで私はそもそもの疑問を工場長にぶつけてみた。 「んー、そもそも何でこの工場は必要なのですか?多額の国費をかけて、こんな地下で秘密裏に操業する意味があるんですか?」  工場長は私の言葉に一瞬、固まってしまったが、すぐに説明してくれた。 「…。この国の犯罪件数は年間、約百万件です。その数字はこの工場をフル稼働させて、一億人の国民の“感情”を減らしての数字なのです。  もし、この工場を稼働させなければ、この国の犯罪件数は数倍になると言う試算が出ているのです。こんなちっぽけな島国の現状は日々、人々が憎しみ、怒り、悲しんでいます。時には愛情が怒りになったり、怒りが殺意となって爆発的に増加したりもします。そうなると今のこの工場の設備では到底手に負えなくなってしまうのですが…。  つまりこの工場があるから、まだこの犯罪件数なのですよ。最早(もはや)この国の社会なんてこの工場が無いと成り立たないほどに人々は疲弊(ひへい)しきっているんですよ…」  そう言って工場長は悲しそうに笑った。そしてその時であった。灰色の結晶がパラパラと降ってきたた。終
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