君のプラシーボ

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「プラシーボ効果って知ってる? 」 小首をことり、と落としてそう 言った七瀬に俺は曖昧な呟きを零した。 …プラシーボ効果、たしか偽薬のこと だったか、いやどうだったかな… 彼女の問いかけにとりあえず思考を 一周させてみるも、出てきたのはそんな ふわふわとした不確定的な情報だった。 「いや、詳しくは知らない」 付け足された詳しくはという言葉が 何となく強がりというか、変に意地を 張った子供のようで不恰好な響きだ。 何だか恥ずかしくなって少し俯くと、 自分の膝の上に置かれた弁当が目に 入った。彩りのために入れられた トマトやブロッコリーはもうとっくに 胃の中に放り込んでしまったので、 弁当箱の中にはもう玉子焼きと残り 大きめの3口分くらいのおにぎりが 佇んでおり、何とも質素な色合いだ。 いつもは一番に食べてしまう玉子焼きを 今日は上手く作れたのを気付いてくれるのを期待して最後まで残している俺は 誰の目からもさぞ滑稽に映るのだろう。 そう自分を俯瞰しながら考えていると 何だか虚しくなった。そんな俺に 構うことなく七瀬は話を進める。 「そっかあ、そっかあ。 じゃあ、教えたげるよ、」 自慢気にそう言った七瀬の 間延びした七瀬の透き通った声が 優しく俺の鼓膜を揺らして心地好い。 俺は彼女の声が大好きだった。 どこまでも透き通って幾千もの光を そこに閉じ込めてしまったようなそんなきらきらした硝子玉がぶつかり合って 初めて鳴らす音のようなそんな尊さ。 この声に惚れ込んでしまった俺は もうこれ以上に贅沢な時間を知らない。 彼女の言葉に俺は頷いた。 「プラシーボ効果っていうのはねぇ なんか病は気からみたいなやつだよ」 「…なんか、すげえ曖昧だけども」 ぽやぽやとしたその発言に思わず そうツッコミを入れると七瀬はくふくふと笑った。七瀬はへんてこな笑い方を するけど別にそれを不快と思ったことはなかった、むしろその笑い声に安心感を覚える俺が居ることに笑えてくる。 「ねえ、嘘でも私を必要としてくれる人が居たら生きれると思うの」 「それもプラシーボ効果? 」 先ほどと同じテンションで七瀬は そう言った。…ああ、すごく嫌な予感。 彼女は何というか、破天荒な人だ。 一見普通の女子高生なのにたまに とんでもない無茶なことを言い出す。 あれ、破天荒って使い方違うんだっけ、 まあなんでもいい。とりあえず分かる のは今がその無茶なときということだ。 「多分ね、でさ悠理くん、 私のプラシーボになってくれない? 」 「…はあぁ、? 」 そうして、俺達は偽物の恋人になった。 これは余命3ヶ月の女の子に ただ彼女の声に惚れ込んだだけの男、 たったそれだけのプラシーボのような 嘘と偽物だらけの世界の話だ。
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