1話 秀才と勇者

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1話 秀才と勇者

 国内でも5本の指に数えられる大手魔法ギルド『シュヴァルツ』に所属してはや二年。かつて最強を謳われた魔法士であるギルドマスターに弱冠16歳にしてスカウトされ、その輝かしい活躍ぶりで世間に名を轟かせている少年は、今日もギルドのロビー中央に位置する依頼受注用のモニター前で数々の依頼に目を光らせていた。  彼の名はルオ。今やシュヴァルツに所属する百人余りの魔法士の中でも最強格に数えられる、18歳の若き精鋭である。  順風満帆としか言いようのない魔法士生活を送る彼には、最近一つ大きな悩みができた。 「頼もッーー!!」  鼓膜をぶち破りそうな大声と共に、本来であれば魔法で人を検知して自動で開くギルド入り口の大きな二枚扉が内向きに勢いよく開かれる。ルオが「またか……」と大きなため息をつきながら振り返ると、そこには真っ赤なマントを身に纏い、背中に大剣を背負った、金髪の若い男が仁王立ちをしていた。  ロビーに居た魔法士やギルドスタッフ達は扉が開いた瞬間こそ驚愕の表情を浮かべていたが、男の顔を見るなり「ああ、また勇者かぁ」と安堵して各々の会話へ戻っていく。それもそのはず、この男のまるで道場破りのような登場シーンは、今月だけで既に五回発生しているもはや日常茶飯事レベルの出来事に成り下がっているのである。  男は赤い絨毯の上を一目散に駆け抜けると、ホテルのロビーのように設置されている受付カウンターに身を乗り出すように手を置き、ギルドスタッフの一人に「おはよう!」とまた鼓膜が破れそうな声で挨拶をした。 「うるさいな……」  彼が声をかけたスタッフの名はユナ。表情が乏しく、愛想が悪いことで有名である。 「何のご用意ですか、勇者様」 「ルオ・アレクサンドライトをスカウトしにきた!」 「ああそうですか」 「今どこに居る!」 「貴方の後ろにいますが……」  少女が死んだ目でルオの方を指差すと、金髪男はぐりんと勢いよくこちらを振り返り、ルオの姿を認めるなり目を輝かせて駆け寄ってきた。 「ルオ!おはよう!オレのパーティに入れ!」 「うるさいな、何百回断ったら気が済むんだアンタ」 「オレのキャンピングカーに乗れ!」 「オレの船に乗れみたいに言うな」  ルオの悩みとは、最近のこの金髪男の付き纏いである。  魔法ギルドに舞い込んでくる仕事は多岐にわたる。魔物退治から魔道具の修理、要人の警護から病人の治療まで何でもござれだ。魔法士はその中から自分のスキルに一致した仕事をギルドにて受注し、報酬を得て生計を立てている。つまり仕事をするためには必ずギルドに来る必要があるのだが、ルオが来る日を見計らっているかのように、最近は依頼を受けにくるたび毎回この男が押しかけてくるのだ。まったく迷惑な話である。 「君の力は特別だ!君ほどの魔力ならきっと、あの悪き魔王をやっつけられる!」  目をキラキラと輝かせながら詰め寄ってくる金髪男を押し退け、ルオはカウンターの方へ向かって歩いていく。ユナにモニターに表示されていた魔物退治の仕事を引き受けることを伝えると、彼女はテキパキとした手つきで事務処理をこなし、依頼詳細の記載された書類をルオに渡してくれた。彼女は愛想は悪いが、代わりに仕事は恐ろしく早いのである。 「オレに力を貸してくれ!」 「他を当たってくれ、これ以上仕事の邪魔するなら通報するからな」 「わかった!じゃあ通報した後でいいからパーティに入ってくれ!」 「アンタと喋ってると疲れるよ」  書類を懐にしまい、ルオはギルドを後にする。何のことはない、そもそもこの金髪男は魔法が使えない一般人だ。外に出てステッキに跨り飛行してしまえば、巻くことは造作もない。実際にこれまでもそうしてきたのだから、今日もそうすればいいのだ。 「あばよ」  ギルドの外に出て魔法でステッキを取り出し、跨ってフワリと宙へ浮かぶ。一般人が空を飛ぶには高額なチケットを買って飛行機に乗らなくてはならないが、魔法士にとって飛行魔法は基礎中の基礎、それもルオほどの実力者になれば赤子の手をひねるより簡単なことなのである。  五階建ての『シュヴァルツ』のギルドの屋根をはるか下に見下ろせる高さまで飛ぶと、ルオは依頼書に書かれていた依頼人の自宅の方向へクルリとステッキを回転させた。  と、次の瞬間。ルオの跨るステッキが何かすさまじい力にぐっと引っ張られ、ぐにゃりとバランスを崩した。 「なんだ!?」  慌ててルオが後方を見れば、なんとさっきまで地面にいたはずの金髪男がステッキに片手で宙吊り状態でぶら下がっている。 「何してんだアンタ!?!?」 「なんか、ジャンプしたら届いた!!」 「は!?何mの高さだと思ってんだ!っていうかそうじゃなくて! 道具を使う飛行魔法は、総重量を計算してから使うもんなんだよ!!!」 「つまりどういうことだ!!」 「急に体重が増えたら!落ちる!!!」 「え」  直後二人は街中に響き渡るような悲鳴をあげながら、はるか上空から『シュヴァルツ』のギルド前の石畳に叩きつけられることになるのだった。  幸い二人とも無駄に頑丈だったおかげで怪我は軽傷で済んだが、あの優秀なルオがごく基礎的な飛行魔法で失敗をして怪我をしたということで、しばらくギルド内でのいじられの対象になってしまった。
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