第二章 事件

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 間宮は無言のまま、鋭い目つきで現場周辺を見渡す。  争った形跡は何もない。爺さんが死んだ際に出た汚れが、かすかに残っている程度だ。  その部屋にある物といえば、小さな経机であり、その上で倒れている位牌である。  間宮はスーツの胸ポケットから手巾(ハンケチ)を出すと、その手巾で包むようにして位牌を手に取ると、しげしげと眺めてから元に戻した。位牌には戒名はなく、俗名が書かれた質素なものであった。 「長内(おさない)トミだと? 長内トミの亡くなった証拠がここにあるとは。やれやれ、なんてこった」  間宮の口から意味不明の呟きが漏れる。大河内は、その呟きは無視して間宮の最初の疑問に答えた。 「殺された爺さんが長内正吉だから、その縁者だろうね」  間宮はしばらく何か思案していたが、やがて大河内に尋ねた。 「店主夫婦はどうしてる?」 「署の方で事情聴取中だな」  二人が店の前で話していると、今まさに話にのぼった菓子屋の夫婦が、とぼとぼと帰って来た。 「ご苦労でしたね」  大河内の夫婦をねぎらう声に、二人は立ち止まった。  よく太ったおかみさんは泣いていたのか、目の周りが赤く腫れているように見えた。  白い作業着姿の主人のほうは、痩せて顔色が悪かった。もっとも、殺人の第一発見者だから、顔色が悪いのは当然であろう。  間宮は二人の姿を見て、大河内に言った。 「お疲れのようだから、このお二人には話は聞かなくていいよ。後で署の方で情報をもらうから」 「了解した」 「逃げて行く小達を目撃した、というのは誰かな? できればその人に会いたいのだが」 「ああ、多分そこらへんにいるはずだ。菓子屋の向かいの理髪店の店主だったかな。今日はもう商売どころじゃないだろう」
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