第一章 発端

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「大河内くんがここに来る十分ほど前から、妙齢の女性が、このビルヂングの前を行ったり来たりしているんだよ」 「それは気づかなかった。君が若い女性に見とれるとは、どういう風の吹き回しかい?」  間宮は振り向くと、今日初めて大河内の顔をまともに見た。目を細めるようにして。  彼は少し目が悪いので、目を細めて対象物を見る癖があるのだが、その目つきはどこか不機嫌そうな印象を他人に与える。 「確認するが、君のお連れさんではないんだね」  大河内は「まさか」と答えて、まだ火をつけていない煙草を(テーブル)の上に置き、ソファから立ち上がると窓辺に移動した。  大河内が間宮と並んで窓から商店街を見下ろしたところ、間宮の言う通り、若い娘がビルヂングの前に立っていた。垢抜けた服装のその娘は、時折こちらの窓を見上げては、何やら思案しているようだ。 「もう十分も、ああしているのか?」 「いや、彼女はこの通りを行ったり来たりしているし、正直、いつからそこにいるのかわからないんだ」  間宮の答えに大河内は爆笑した。
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