第一章 発端

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「確たる証拠がないのだ。爺さんは紐状の物で絞殺されていたが、そういった物はおろか、犯人に繋がる遺留物が何もない。そうなると、小達家が有能な弁護士を立てて推定無罪に持って行くだろう。だが、警察も負けっぱなしというのは癪に触るからね。有罪に持ち込めなくても、やれることは出来るだけやっておきたいのだ」  その時、光子が片付けしながら小声で歌っているのに二人は気づいた。彼らの真剣さをよそに、のんびり鼻歌混じりで機嫌よく働いているのがおかしくて、二人は話をやめて彼女を見る。それに気づいた彼女は、あわてて歌うのをやめた。 「ああ、いいんですよ。そのままお気楽に片付けて下さい。手仕事する時は、誰でもつい鼻歌が出てしまうものだ」  間宮は、彼女の物怖じしないのびのびした気質を微笑ましく思った。 「すみません! 私ったらお仕事中に」  頬を真っ赤に染めた光子が、雑巾を洗うために部屋を出て行くと、間宮は大きく欠伸をして、不思議そうに言った。 「そもそも何故、小達が神戸にいたのかな?」 「よくわからんが、ここ何ヶ月か、いろんな場所で目撃されているらしい。西宮、芦屋、三ノ宮、元町、そして福原」 「さすが神戸の警察は優秀だね。わずか数時間の間に、それだけの情報を得たのか」 「小達は目立つからな。覚えている人は多かった。特に盛り場からは、驚くほどの目撃談が出てきた」
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