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しかし、その声で刃物男は大きく舌打ちしてなずなをドンっと突き放し、刃物を落として走り去っていった。
男がなずなを追いかけた分だけ、刃物から滴り落ちた血の跡が狭くてニョロニョロした道路にぽつ、ぽつと垂れ落ちている。
改めてゾッとした。
「お嬢ちゃん大丈夫かい?なんだったんだいありゃあ……」
額から、こめかみから、流れ落ちる汗は氷のように冷たい。意思と反して目から涙がボロボロこぼれ落ちる。服も泥だらけだ。膝は擦りむいた。もう、もう最悪だ……。鳴り止まない鼓動も流れっぱなしの涙も鼻水もそのままに、肩で息をしながら声の方を見上げると、
「……あ……松丘の……」
いかにも、とおじさん――と言うほど年配でもない男性――は頭をペコリと下げた。
ボサボサの髪、伸び放題の髭、ひょろりと痩せた体躯、お世辞にも綺麗とは言い難いだらりとしたジャージ姿。手には紙袋を下げている。
会ったことはない、見たこともない、でもわかる。
だって目元も体型も松丘そのものの、それは松丘里帆の父親だった。
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