三に愛されし男

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 俺は途中から勢いに任せて走り書きをした文字を読み返していた。  締めの言葉の前でペンを止めたのにはわけがある。  結婚式だから良いことばかり書けばいいだろうけど、なんとなく持ち上げ過ぎな感じがする。これでは退屈ではないだろうか。  悪口とまではいかないまでも、少しくらいの悪戯、スパイスの効いたことも書いてもいいのではないかと、紙を裏返した。  とりあえず箇条書きにして、書き出してみることにしたのだ。 『三武郎は三に愛されし男だ。しかし残念ながらその名に恥じぬ、三日坊主だ。  陸上は大会に出たあと満足してしまい、それっきり運動している姿は見たことがない。  夏には太陽を睨みつけ「消えてくれればいいのに」とぼやいていた。  専門学校も入学早々飽きてしまい、ゴロゴロと家で過ごしていた。単位が足りなかっただけだ。  会社はブラック企業で間違いなかった。心配していた俺は、そこで三度目の自分の小ささを知ることになった。本人曰く、「まったくのホワイト」だったらしい。多分どこへ行ってもそう言うだろうな。ブラック社員はブラック企業を凌駕することを俺は知った。  今の仕事は課長職とはいえ、三人だけのベンチャー企業。  飽きたからその肩書きを使って、自らを売り込んで得た、ヘッドハンティングという、なんかカッコいい響き』  まぁ、別にいいんだけどさ。  それでも奥さんには、すべてをちゃんと話しているだろうから。それを納得した上での結婚なのだから。  それに、三武郎は三に愛されし男だ。きっとすべて上手くいく。  これだけの思いを、なるべくシンプルに、差し当たりなく伝えたい俺は、締めの言葉を思い付き、紙を裏返した。  あぁ、もう、ネタが無いのに毎回呼ばないでほしい。あの表彰台の時と同じ顔で嬉しそうにお願いされたら、断れないじゃないか。  どうかこれが最後のスピーチになることを願って──。 『三武郎、おめでとう。幸せになれよ。三度目の正直だ』 〈終〉
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