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真意/成哉の独り言
いつものように帰宅し玄関を開けると、見覚えのない靴があった。誰もいないはずの部屋の中に確かに感じる人の気配。どうやらキッチンの電気だけがついているらしく、薄らと廊下に明かりが漏れていた。
もしかして──
俺は高鳴る胸の鼓動をおさえながら、平静を保つように小さく深呼吸をする。
なんて言ってやろうか。少しは怒って叱り付けてやろうか……でもやっぱりここは素直になって「帰って来てくれてありがとう」と伝えるべきかな。気の迷いだったんだと謝ってきたら、笑って許してあげようなんて、ぐるぐると自分の都合の良いように考え浮かれながら部屋へ向かった。
俺には大切な人がいた。お互い愛し合っているものと信じていたんだ。でもそう思っていたのは俺だけだったらしく、恋人だった男は俺の前から呆気なく去って行った。
何度も何度も連絡をした。日本じゃ結婚はできないけど、俺は形だけでも想いを繋いでいたかった。目に見える誓い……二人だけでよかった。婚姻やペアのものに俺は憧れ、想いがどんどん膨らんでいった。
初めて好きになった人。初めて俺を受け入れてくれた人。
何もかも初めてで、俺はきっと舞い上がってしまったんだ。
徹底的に拒絶され、初めて俺は見捨てられたのだと気がついた──
目の前の見知らぬ男の姿を見て心臓が凍りつく。なんで俺はそこにいるのが愛しいあの人だと思ってしまったのだろう。あんな風に出ていった恋人がここに戻って来るはずもないのに……
ここで上手いことやり過ごさないと命の危険すらある。目の前の男が表情を強張らせポケットに手を忍ばせるのを見て、ああ、そこにはナイフかなにかが入っていて、隙を見て俺を刺すのだろうと容易に想像ができた。幸せの絶頂から一気に突き落とされた感覚に、もうどうでもいいやと投げ槍になった。
どうにでもなれとヤケになったらつらつらと嘘が溢れた。ちょっと戸惑った顔が可愛いな……なんて変な余裕さえ出てしまった。幸也は俺の嘘にほっとしたような顔をして話に乗ってくれたから、俺はそのまま嘘をつき通した。
寂しかったんだ──
だから仕事とは言え、俺に尽くしてくれる幸也に惹かれていったのはあっという間だった。
不器用に一生懸命。いい加減なのか自分の立場をわかってないのか、幸也は俺の家政婦を演じ続ける。そして俺に対して罪悪感すら抱いてる。あの部屋を見たことで、幸也の中の俺の存在が少しだけ特別になったような気がした。
俺が最初からわかっていたと言ったら怒るかな……
生活に困っているのなら俺のところにくればいい。このまま黙って変わらない生活を送らせてあげる。欲しいものは全て俺がなんとかしてやる。
だからどうか、幸也は俺の前から消えないでいて──
end
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