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「なんだよ、ここにも大したもの入ってねえな……無駄にデカいだけじゃんか」
幸也はキッチンに入ると冷蔵庫を開けた。自分の家の物よりずっと大きく立派な冷蔵庫を見て、さぞかし色んな食材が入っているのかと期待したけど、そこに入っていたのは缶ビール数本と調味料、中途半端に開いた豆腐のパックが申し訳なさそうに置かれていただけだった。
ここの家主は恐らく男の一人暮らしだろう。暗くて良くわからないけど家具もそれなりに高級感がある。自分の住んでいる部屋の家賃より倍はするであろう広い間取りのマンション。一体どんな人物が住んでいるのかと想像するのも楽しかった。
冷蔵庫の中を見る限り自炊はせずに外食で済ませているタイプなのか、ゴミ箱も綺麗なもので、弁当や惣菜などのゴミも全く無かった。シンクも傷ひとつなくピカピカで、あまり生活感がない。センスの良い家具や電化製品はそれなりのいい物が揃っていて、きっと稼ぎも良いのだろう。幸也は小綺麗な中年の男の姿を想像しながら、高級時計のひとつでも見つからないかと考える。事前の下見でこの家主の帰宅時間はわかっていた。平日はいつも決まった時間にリビングの明かりが灯る。その時間の前なら家主は帰って来ることはない。
幸也は外に光が漏れないようキッチンの小さな照明だけつけ物色を続け、このままめぼしいものがなかったら諦めて部屋から出よう……と気持ちを切り替えた。侵入する時は施錠してないベランダから。帰りは何食わぬ顔をして玄関から出る算段だった。
「あれ……? 誰かいる?」
突然パチリと部屋の電気がつき聞こえた声に、驚きのあまり幸也はその場で固まってしまった。時計を見ても予定していた時刻よりだいぶ早い。たまたま今日に限って家主の帰宅が早かったらしく、しくじったと思ってももう遅かった。幸也は逃げるに逃げれずその場で馬鹿みたいに立ち尽くすことしかできなかった。
「あ……っと、んん? 君は……」
リビングに現れた家主は想像していた人物像とは異なり、幸也と歳も変わらなそうな若者だった。思いがけない侵入者に、恐怖というより戸惑いの表情を見せ、男は幸也を見つめる。
「あの……俺は、その……」
言い訳なんか何も浮かばなかった。ジワリと背中に汗が伝う。このまま脅してこの場から逃げるか……そうするしか退路は無かった。騒がれても困るし、体格が似ていても力でどうにかなるとは思えない。反撃され捕まる可能性だってある。
緊張しながら幸也はポケットの中に忍ばせていた護身用の小さなナイフをぐっと掴んだ。
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