まるで親しい友人のように

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 成哉の家で働く際、少しのルールがあった──  毎日定時にきて部屋の掃除。夕飯の買物とその支度。成哉が帰宅する時間には風呂と食事の準備を終わらせておくこと。そして成哉個人の部屋には絶対に入らない。この部屋の掃除は勿論不要。それ以外は好きにしても良い。    ルールといってもたったこれだけの事。幸也はこんなに簡単で金になる仕事は儲け物だと思っていた。家主のいない部屋で少しの家事を済ませれば、一人のんびりと好きなことができる。ソファーで軽く昼寝をしたりテレビを見たり……そして夕方になれば近くの商店街で買い物を済ませ、広くて使い勝手の良いキッチンで楽しく料理をする。毎回成哉は幸也の作った料理をベタ褒めしてくれるから気分も良かった。家政婦の真似事をして働くようになり三日目にしてすっかり楽しくなってしまった幸也は、やっていたバイトを全て辞めてしまっていた。 「とは言ってもさ……俺、ここにいつまでもいるわけにもいかねえんだよな」  手違いで書類が届いていないと言っていた成哉。履歴書すらなく、ただ自分で名乗った「早乙女幸也」という名前だけで信用して雇ってくれた。何も言ってこないということは本来来るはずの家政婦の書類は未だ届いていないのだろう。このままじゃマズいよな……と思いつつ、家政婦が来る気配がないのをいいことに、いい加減な性格の幸也はダラダラと過ごしてしまっていた。  成哉はすぐに幸也を気に入り、まるで昔からの親友のように接してくれる。初めこそ雇主でもある成哉に対して敬語で話していた。でも図々しくすぐに打ち解けてしまった幸也は、今ではすっかり友達気分になっていた。だからこのまま正直に話しても許してくれそうな気さえしてしまう。実際のところまだ何も盗んではいない。不法侵入はしたけど、成哉が勝手に勘違いをし雇ったのだ。幸也には犯罪を犯しているという罪悪感など全くなかった。自分に甘い幸也は都合の良い事ばかり考えながら、それでもここから逃げ出す前に金目の物でも手に入れないと、と毎日コソコソ盗むものを探していた。  夕飯の買い物をするにはまだ早い。幸也は目ぼしい物も見つけられず、少し苛つきながら入ってはいけないと言われていた成哉の部屋の前にいた。 「稼ぎもいいしさ、絶対高級なもん持ってるはずなんだよなぁ。あるとしたらきっとこの部屋……てか何で入っちゃだめなんだろ」  成哉の部屋以外はあらゆるところを探し尽くした。普段から身につけている物は良い物に見えたし、独身でこんな高級マンションで一人暮らし、遊んでもなく毎日まっすぐ帰ってくる様子を見て、金は貯め込んでいるのだとわかっていた。入ってはダメだと言われているけど、その当人が留守ならルールを破ってもわからないよな、と、幸也は思い切ってドアに手をかける。  絶対に入るなと言っていた成哉の顔を思い出す。酷く真面目に、何度も何度も念を押され、「そんな言われなくてもわかってるよ、信用してよ」と呆れながら返事をした。そんなに心配なら鍵でもつけておけばいいのにそれもせず、あくまでも幸也との信頼関係だけで交わされてる約束事。ちょっと申し訳ない気持ちになりながら、それでももし人に言えないような変な性癖でもあったらどうしよう……なんて、ちょっと面白い意外性を期待しながらドアを開けた。
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