第一章 『心のドア』

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 日本橋駅のC5出口から外へ出た。昭和通りから首都高速の近く……。  人の波を避けながら、高梨本部長から渡された住所のメモと下調べしておいた目印を頼りに歩いた。  駅からゆっくり歩いて三分くらい。駅から徒歩百五十メートルの近距離にその場所を見つけた。 「何これ……」  その家を見た途端、呆然として呟いていた。  日本橋駅の近く、八重洲だって徒歩五、六分という立地にこんな広い敷地の家がまだあるなんて。古風な門から続く土塀と紅カナメに囲まれたその平屋建ては、たぶん檜作りだろう。  敷地はざっと見ただけで二百五十坪。なのに建蔽率も容積率も関係ありませんと無視したように、五十坪くらいのこじんまりとした平屋と日本風の庭園だけがあった。  バブル経済絶好調のときは、さぞや地上げ屋と不動産会社、銀行など様々な業種の人たちがこぞって押しかけていたんだろうなと推測出来た。  それほど都心の一等地には似つかない、昭和の古き良き時代を写したような建物だった。  そっと門扉に近づくと、間違いなく「小川」という表札があった。  門扉の向こう側の家からは何の物音もなく、庭園の緑の葉音だけが聞こえる。静寂といった言葉が似あう家。ほんとうに昭和にタイムスリップしたかのような感覚があった。  呼び鈴を押すのも憚れるような家の雰囲気に気後れしたが、思い切って呼び鈴を押してみると、今まで気付きもしていなかった防犯カメラが小さな音を立てて動き出していた。
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