第一章 『心のドア』

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 この前、小川が私のマンションに来たときのようにカメラに向かって手を振って「ハイホー」とでも言ってみようかと思ったがそれは止めた。  当たり前だが、喪中の家に対してするべきことではない。  それほど、冗談のひとつふたつをしてみたくなるくらいに緊張していた。家が醸し出す雰囲気は、その家に住む人の人間性にも表れるもの。  きっと、亡くなった小川のお母様は凛とした古風な日本女性だったのだと思う。そう、和服が似合うような……。  息子も黙っていれば、確かに社内の女どもが騒ぐだけのいい男なのは間違いない。  エリートコース一直線のイケメン男は、日本橋に広い敷地を持つお金持ちの跡取り息子だと知ったら、社内は女性だけパニックになるだろう。  まさに玉の輿のセレブリティ生活が出来ると、女どもの猛アタックが始まるに違いない。  そんなことまで見越して、高梨本部長は私を指名したのかも知れない。  ま、私はそんなことに興味がないのは確かだから。    私は門の隅に設置してあったカメラに向かい、軽い会釈をしてからお辞儀をした。  相変わらず、周りの雑音とは切り離された空間にあるような家からは物音ひとつ聞こえてこない。  もしかしてお通夜はどこかの斎場で行われるのだろうか。  高梨本部長は今夜、自宅でのお通夜だと話していたのたが……。    
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