プロローグ

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プロローグ

 その日は、その冬初めての雪がちらちらと舞う、寒い日だった。  少年は、中央庭園の真ん中にたたずむ人影を見つけて、ぱあっと顔を輝かせた。  久しぶりに、彼女を見つけた。毎日毎日一緒に遊んでいたのに、しばらく前から姿を見かけなくなっていた大好きな少女。少年は、紫色に輝く柔らかい髪を揺らしながら彼女に駆け寄る。 「レイラ!」  振り向いたのは、八つになったばかりの幼い少女だった。少年より三つ上の彼女は、いつもは二つにわけてしばっていた長い髪を、きれいにまとめて編み上げていた。 「久しぶり! めずらしいね、その髪型。長いままの髪もかわいいけど、それもとってもかわいいよ」  少年は、いつも彼がしていたように彼女に飛びつこうとした。けれど彼女は、その少年から体をひいた。 「ありがとうございます。アゼル様」 「……レイラ?」  聞きなれないその呼び方に、彼はびくりと体を震わせる。  いや、聞きなれなくはない。城のみんなは、今彼女が言ったように必ず彼に様をつけて呼んだから。 けれど、彼女がそんな風に自分を呼ぶのを、彼は初めて聞いた。そんな風に、ほかの人が話すような口調で彼女が話すのも。よく見れば、彼女が着ているのは、城の女性達が来ているのと同じ服だ。 「レイラ?」  もう一度、今度は不安をにじませた声で彼は彼女の名前を呼ぶ。  彼女は、微笑みながらゆっくりと彼の前に膝をつく。彼よりも背の高い彼女は、いつもそうやって彼に目線を合わせてくれた。慣れた仕草に、彼はようやくほっとする。 「私は、今日から正式にこのお城にあがることになりました。女官としての仕事について、これからここで学んでゆくのです。ですから、もう今までのようにアゼル様と遊ぶことはできません」  たどたどしい口調で覚えたての敬語を使う彼女に、彼は首をかしげる。 「レイラ……何を言っているの?」  帝王学をようやく学び始めたばかりの彼には、彼女の言っていることは難しくてまだよく理解はできなかった。ただ、『今までのようには遊べない』、その部分だけは理解できた。 「レイラに会えなくなるの?」 「いいえ、これからも会うことはありますよ。ですが、王位継承権を持つあなたは、私がお仕えする方。もう立場が違うのです」 「よくわからないよ、レイラ……」  今までは、いつだって呼べば抱っこしてくれた。何か失敗した時も、『しょうがないわね』と言いながら、彼を助けてくれた。  もう、それができないということなの? 「ねえ、ぎゅってして?」  いつものように、彼は両手を広げて彼女に伸ばす。だが、彼女は笑いながら首を振った。 「それは、もうできません。ほら、お勉強のお時間ですよ。一緒にまいりましょう」  そう言って立ち上がったレイラは、それでも、彼の小さな手を繋いで歩き出した。  その手の暖かさに彼は少しだけ安堵したが、心に浮かぶ不安はぬぐいきれなかった。  この時から、二人の間には見えない壁ができたのだということを、幼いアゼルはまだ理解していなかった。
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