第六章 君だけを

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 外傷はなかったものの、やはり剣で突かれた胸にはかなりの衝撃があり、胸の骨が数本折れていた。なのでアゼルは、しばらく自宅療養することとなる。  レイラから雨あられのように文句嫌味泣き言を言われたアゼルではあるが(冷静になれば、レイラにも怪我人をひっぱたかないだけの理性はあった)、もしメイルがない部分に剣が刺さっていたら、もちろんそれは致命傷になっていた。  自分の行動に偶然の幸運を期待したりはしないアゼルは、ありとあらゆる可能性を考慮して事前の準備を怠ることはない。咄嗟の判断でちょうど鶏の血が入った袋に刺さるように動けたのはアゼルのすさまじい反射神経のたまものだが、たとえ致命傷を負うことになったとしても、アゼルは同じ行動をとっただろう。  軽い調子にごまかされてはいるが、アゼルは文字通り命がけでレイラを守った。レイラは、ちゃんとそれをわかっている。 (真面目にしていればちゃんと仕事もできるし顔もそれなりなのに。なんでアゼルってああなのかしら)  今日もそうぶつぶつ思いながら、レイラは自宅の扉をあけた。 「あら、レイラ。お見舞い? 毎日ご苦労様」  すると、ちょうど出ようとするファラと鉢合わせした。 「どこか行くの? 母様」 「午後、来客があるから、ちょっと買い物に行ってくるわ。ちょうどいいから、アゼルを見ててくれる? 今、眠っているの」 「子供じゃないんだから、ほっといたって大丈夫よ」 「そうね。でも、目覚めた時にあなたがいたら、きっと喜ぶわよ」  含み笑いをした母に、レイラはほんの少し頬を染める。 「母様は、どっちの味方なの?」 「二人とも可愛い私の子供よ。じゃ、行ってくるわね」  そう言って鼻歌を歌いながら、ファラは出て行った。自分の母親に気持ちがばれているというのは、なんとなく気まずいものである。  熱くなった頬をぺちぺちと叩きながら、レイラはそっと、アゼルの部屋の扉をあけた。  ファラの言った通り、アゼルは眠っていた。気持ちよさそうに眠っている姿は、幼い頃の無邪気なアゼルのままだ。  ベッドの脇に置いてあった椅子に腰かけると、レイラはその寝顔を見つめる。  仲良しの幼馴染。けれど、レイラの胸には、今はそれだけではない気持ちがある。いつからそんな風に思うようになっていたのか、正直レイラには今でもわからない。  でも、心の奥底に封じ込めていたその気持ちを認めてしまったら、アゼルに負けるような気がしていた。ファラやミルザの言った通り、レイラはいつだってアゼルのたった一人のお姉さんという特別でいたかったのだ。 「子供だったのは、私の方よね……」  小さくつぶやく。と、気配を感じたのか、アゼルがゆっくりと目を開けた。目の前にレイラを見つけて、はんなりと微笑む。 「まだ夢の中なのかな。女神さまがいる」 「なに寝ぼけてんのよ」  ぺし、とレイラはその額に触れる。ひんやりとした感触に熱のないことを感じて、レイラはアゼルに気づかれないようにほっとする。骨折していたアゼルは、長い間熱が下がらなかったのだ。  くすくす、とアゼルが笑う。 「君に会えるなら、ずっと寝ぼけててもいいな。実際、こうして毎日会えるのはとても嬉しいし」 「明日は来ないかもしれないわ。これでも忙しいんですからね」  それも、毎日のレイラの口癖だ。明日はもう来ない、といいながら、あれから毎日欠かさずに、レイラは必ずアゼルのもとを訪れている。 「気になってしょうがないんだから、さっさと元気になりなさいよ」 「レイラがキスしてくれたら、きっと元気になるよ?」  笑い交じりにアゼルが言うと、レイラは、すい、と身をかがめてアゼルの上に覆いかぶさる。触れる直前、驚いたようなアゼルの顔が目に入ったがレイラは構わずに唇を重ねた。

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