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犯行の直前
その少女は慌てて体育館の入り口からUターンをしてきた。
すでにバスケ部の練習は終わってしまったらしく、ボールの弾む音は聞こえて来なかった。
だとすれば、彼は制服に着替えるため、部室に移動していることだろう。
間に合えばいいけど。
けれども、もうだいぶ遅くなってしまった。
部室に残っているかどうかも怪しい。
そんなことを考えながら、少女は慣れないダッシュの連続に息を切らしていた。
結局、彼は少女の思った通りの場所にいた。
つまり、部室に戻っていた。
部員一人一人の名前が書かれたロッカーと、今月末に行われるインターハイのスターティングメンバーの名前が書かれたホワイトボード、そして、部屋の中央に置かれた細長いベンチ。
激しい練習で疲れ切っていたのか、彼はそのベンチに仰向けになって眠りこけていた。
汗をかいたままのユニフォームを脱いでもいない。
いくら七月でも油断すれば風邪を引いてしまう。
心配した少女は、やや汗の匂いがする男子バスケ部の部室に初めて足を踏み入れる。
他の部員たちがすでにいなくなっていたことも、少女の行動を後押しする原因になっていた。
狭い部室。寝ている彼。少女を見守る者は誰もいない。
その状況が訪れた時、少女の心に魔がさした。
そっと足音を忍ばせて、彼の唇に視線を合わせる。
少女の心臓は、全力で駆けていた時よりも激しく暴れ回っていた。
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