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増える容疑者
「何でそうなったの?」
「さあ? 多分、バニラが売り切れちゃったんじゃないかな」
「えっ、本気で言ってる?」
陽向が大真面目でそんなことを言うから、私は驚いた。
「チョコの方がバニラより睡眠薬の味を感じにくいからかもしれないでしょ。ちょっと、美村先生に聞きに行こうよ!」
「あ、待って。まだある」
早足になりかけた私の手首を陽向が掴む。いちいちその止め方するの、やめてほしい。
「その後、水飲んだ」
「水? ペットボトル? 水筒?」
「ううん。紙コップ。マネージャーの氷崎先輩からもらった」
紙コップとはまた怪しい。
私は「どうして?」と聞き返す。
「バスケ部でいつも用意してある15リットルのウォータージャグがあってさ。そこには冷たい氷水が入っているんだ。いつもはセルフで勝手に注ぐんだけど、昨日はたまたま氷崎先輩がジャグの近くにいて……『頑張ってね』って手渡ししてくれた」
氷崎玲奈先輩といえば、美人で有名な三年生のマネージャーだ。高嶺の花という表現があれほど似合う人はいない。優しくて美人で頭がいい、三拍子揃った氷崎先輩が、何故バスケ部のマネージャーなんて日陰の位置にいるのか、誰もが疑問に思っているのだという。
その理由はもしかして、男子バスケ部の中に好きな人がいるからだったりして……?
もしかすると、それが陽向だったりして……?
「怪しい」
「ないない」
私の声に被せるようにして、陽向が手首を振った。
「氷崎先輩が俺みたいなの相手にするわけがない」
本人はそんなことを言っているけど、こんなに信用のない証言者はいない。
陽向の鈍感さは世界一だ。鈍感オリンピックの鈍感金メダリストで三連覇は期待できる。
「とりあえず氷崎先輩にも話を聞こう。容疑者はその二人ね」
「あ、あと後輩の瀬戸からもスポドリもらった」
「はあ⁉︎」
私は思わず裏声を響かせた。
誰だ瀬戸って。
「一年後輩の、瀬戸里依紗。最近女子バスケ部と交流があって、シュートのコツとか教えてたら仲良くなって」
「そのスポーツドリンクって、ペットボトル? 蓋は開いてた?」
「ああ、開いてた。けどまだ飲んでないからあげますって言われた」
「えっ、そんなのちょっと不自然じゃない?」
「でもあいつ、カラッとした性格のいいやつだよ」
陽向は呑気に笑っているけど、私は全然笑えなかった。
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