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容疑者は五人
「さすがにもういないよね?」
朝からいきなりどっと疲れている私に、陽向はあっけらかんとして言った。
「えーと……あと、部活の終わり頃に友達からもらったマフィン食べた」
「また貰い物⁉︎」
「うん。しかも手作りだってさ」
お前はダンボールで育てられている仔犬か。
勝手に餌を与えないでくださいと書かれた札を首からぶら下げておいてもらいたい。
「手作りって相当愛がこもってるよね」
「え、そうなの?」
鈍感男はここでも驚きの鈍感力を見せる。
「いや、でも手作りだからって愛とは限らないし」
「愛がない相手にはあげないでしょ」
「だとしたら、困る!」
陽向は初めて動揺したような顔つきになった。
「あいつとはずっといい友達でいたいと思ってるから……」
それはまるで私自身に向けられた言葉のようで、胸がズキッと痛んだ。
ずっといい友達、か。
私たちもきっと、ずっとこのままいい幼なじみのままなんだろう。
いっそのこと離れてよ。
陽向の顔なんて見たくない。
鈍感な陽向に、正面きってそう叫んでやったらどうなるんだろう。
臆病な私はそれもできずに、ただ意地悪なフリをして陽向から嫌われるのを待っているだけだった。この愚かな一人相撲はいつまで続くのだろうか。
「……もういい?」
「あと、一人だけちょっと気になる人がいる。でもその人を疑うのは最後にしたいんだ」
「じゃあ、容疑者は全部で五人ね」
一人目はアイスをくれた養護教諭の美村先生。
二人目は水をくれたマネージャーの氷崎先輩。
三人目はスポーツドリンクをくれた後輩の瀬戸さん。
四人目は手作りマフィンをくれた友達。
最後の一人は謎に包まれている。でも、陽向はその人のことをとても大切に想っているのだと思う。大切だからこそ容易に口に出せないんじゃないだろうか。
陽向がそこまで想う相手といえば、私には一人しか思い浮かばない。
色褪せかけた記憶の中で、彼女の長い髪が揺れる。
私はオルゴールの蓋を閉じるように目を瞑った。
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