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大事な気持ち
「琉星、あのマフィンは? ひかりからもらったんだろ? その時、何か言われなかった?」
陽向が尋ねた。
「あれはいつの間にかスポーツバッグの中に入ってたんだ。一緒に手紙が入ってた」
琉星くんは制服のズボンのポケットから折り畳まれたルーズリーフを取り出した。
「どれどれ」
陽向が紙を広げる。私もこっそり覗き見する。
そこには丸っこい字でこんな言葉が書かれていた。
『作りすぎちゃったからあげる。もし良かったら部活の後で食べてね』
「ひかりの字だな」
「ああ。その中に睡眠薬が入ってたんだろ? だから犯人はひかりだ」
「いや、でもひかりはお前に食べてもらいたくて作ってきたんだろ? 俺に渡ったのは偶然だったわけで」
「偶然だろうと何だろうと、誰かがお前にキスしたのは事実なんだろ。だったら睡眠薬を入れたやつが一番怪しいだろうが。結局……あいつはお前を選んだってことだ」
もしかしたらの話だ。
ひかりさんは、琉星くんと陽向を見間違えたんじゃないだろうか。
この時期の7時頃は、外ならまだ明るいけど、部室は薄暗い。
そこに自分が仕込んだ睡眠薬を飲んだと思われる男子が寝ていたら、それが琉星くんだと普通に思うだろう。
疑いの余地もなく、彼女はそのままキスしてしまったんじゃ……?
そうだとしたら、とんでもない悲劇だ。
「ひかりがどう思って何をしたかなんて、やっぱ本人に聞かないと分かんないだろ? 一緒に聞きに行こう、琉星」
「いや、俺は……」
琉星くんは項垂れる。憂いの眼差しが手元の溶けかけた抹茶アイスに注がれた。すると、
「フラれんのが怖いのか?」
陽向が挑発するようなことを言った。
琉星くんの尖った瞳がすぐに陽向を睨め上げる。
「はあ? そんなんじゃねえし」
「じゃあ聞きにいこう。大事な気持ちは伝え合わないと、相手に勝手に伝わることはないんだぞ」
陽向の言葉は私の心にもズシンと響いた。
大事な気持ちは伝えないといけない。
私の大事な気持ちは……このままずっと陽向に伝わらないままでいいのだろうか。
初めて、そんなことを思った。
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