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ただの噂
ひかりさんがゆっくりと顔を上げ、濡れた瞳で私を見た。
「……キスって、何のこと? 私はただこうして陽向の顔を見ていただけだよ」
ひかりさんはロッカーを背にして、ベンチの脇にしゃがみ込んだ。
「陽向を見ながら、本当は琉星くんが寝ているんじゃないかってバカみたいなことを想像したけど、やっぱりどう見ても陽向だった。だから、その後はあきらめて帰った」
「それを証明する人は?」
陽向が尋ねると、ひかりさんは立ち上がって首を振った。
「そんな人いないけど……私が陽向にキスするわけないでしょ? どうしてそんなことをするの? ただの友達なのに」
「聞いたか、琉星」
陽向が嬉しそうに琉星くんを見た。
琉星くんの目が丸くなる。
私も琉星くんと同じ顔つきになっていたと思う。
今度はひかりさんに向かって、陽向は言った。
「琉星のやつ、俺とひかりが中学時代に付き合ってたなんて根も葉もない噂を真に受けていじけてたんだよ」
「えっ?」
思わず声が出たのは私の方だった。
陽向とひかりさんが付き合っていない──?
そんなの嘘だ。
だって、私は見たのに。
三年前のあの時、教室で陽向はひかりさんに好きだって言っていたのを。
「ただの噂……?」
「そうだよ。そんな噂が立ったのはお前のせいでもあるんだからな、琉星」
「どういうこと? 陽向」
私は陽向の袖を摘んだ。
頭が混乱する。
陽向はそんな私を見下ろして、そっと笑った。
「やっぱ昴も誤解していたんだな。じゃあ最初から説明するよ」
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