第四章(3)…… 同じものにはなれない

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「私は土地縛りでしたから、生者に手を出したところで執着しているものを他に奪われたりはしませんでした。だが、人憑きは違う」  すうっとまわりの空気が下がったように思えた。グレの両眼にいつもと違う暗い色が表れる。これは人でないものの目だと感じた。  恐れはしないものの、異質な存在を相手にしているのを自覚する。  アカネの存在が修哉と絡まって、繋がっているのを認識する。奥底から、こちらを窺っているのを感じる。  アカネの感情が伝わってくる。強い、けっして消し去れない飢えの情動。逃さないという、煮え立つほどの衝動。重く、鈍い痛みが心に刺さる。  アカネはいつも「これはあたしのよ」と修哉を前に宣言する。  あたしの。手出しはさせない。しようものなら徹底的に、無慈悲に叩きのめすまでのこと。  その残忍なまでの激しさに触れて、いつも立場の違いを思い知る。 「執着する生者を奪われるのは絶対にありえない。存否に関わるからです。だから人憑きは、お互いの執着にまず手出しはしない」  気にしたことがなかった。なるほど、これまで絡まれたのは確かに土地縛りばかりだったように思う。  生者に憑いているものとすれ違いはしても、関わりを持たずにすんでいた。 「そもそも生者に憑く霊は、その対象に強い執着がある。そのために死ぬ前によほど関心があった相手でもないかぎり、ほかに興味を示したりしないものです」 「でもオレ……あのとき、あの霊にいいようにされましたけど」 「あれは違います。むこうは手を出していない。興味を示して覗き込んではいましたが」  そう言って、グレはアカネのいる二階にある修哉の自室へと視線を向けた。アカネとグレのあいだでなにかが通じ合い、納得する気配が流れた気がした。 「あの場所はあの憑き物の縄張りなだけに、特に余所者は目をつけられやすかった。あれと目を合わせた時点で、無防備にも丸裸の意識を熨斗つけて差し出したようなもんです。ふつうの生者はまずそんなことをしない。そりゃ相手もさぞ面白がって興味を持つでしょう。むこうの気配に飲まれて、兄さん自身もあの憑き物と同化し、通じ合った」  飲まれた。怨霊に思考を覗かれ、同時に互いを覗き見ただけだとグレは言いたいらしい。ごく軽微な事象であったと。そんな馬鹿な。あの底なしの恐ろしさは、死を体験したのと同じだった。 「兄さんは我々に近すぎて、馴染みやすいんでしょう。本来、悪いものをよせつけない防護の壁を生者は持っているものです。が、兄さんはふつうよりとても薄い。ただでさえあれだけ巨大な憑き物に近づかれたりすれば、ふつうの人間でもなにかしらの影響を受けるもんです。憑き物のよくない害意に当てられると、生者の生存本能が弱って正気を保つのが難しくなる」
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