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日々、視える霊の対応に苦慮している修哉にとって、こいつ祓い屋の資質まであるのかと思わず妬ましくなるほどだった。
もしかして、この中年の霊は梶山の気配を察し、自ら退散したのか。そして、座敷席からひとり離れた隙を狙い、またオレをかまいに現れた。
頭上の照明が、闇夜の雷のごとく激しく明滅する。
うわ、と無意識のうちに声が出た。
分厚い目蓋に覆われた半目の状態で睨めつけられる。どろんと流れ落ちそうな濁った瞳を見たとたん、生気を奪われるかのような感覚があった。凍る怖気が足元から駆け上がる。
どこからか硬い壁を金属の爪で引っ掻く音がする。
背筋を凍らせるキ、キ、キと断続する高音域が一筋、空間に響く。神経を逆撫で、心を軋ませる音。
頭の後ろで髪が逆立ち、引き攣れるように感じた。
わずかに吸い上げた息が肺に入らない。心臓が猛打をはじめる。
店員の霊——、相手から激しい欲求が伝わる。
こいつには視えている、と知ったとたん、奪おうとする。入り込もうとする。
肉体を、生命を欲しがる。
壁を、天井を、地面を掻き毟る音が一斉に鳴る。幾重にも、空間を揺るがし、素肌がびりびりと振動する。
「……なにしてくれてんのよ」
場にそぐわない、明るく、しかし静かな怒りを秘めた声が左耳に響く。周囲の騒音にかき消されず、明瞭に聞こえる。
左横の存在が、心強く思えた。細身の水色ワンピース姿が目の端に映る。
この異常事態に対抗できる、修哉にとって唯一の味方。対等に張り合えるのは彼女だけだった。
「コレは、あたしの!」
あ、た、し、の、よ、と一音ずつ区切りをつけ、強調する。
弾けるような憤りが、語気に孕んだ。
重力を無視し、わっと逆立つ長い髪を視野の外側でとらえる。
「だから、勝手に触んじゃないわよ!」
修哉の背後から内臓に突き抜ける感触があった。
射抜かれたかのように熱を帯び、身体が硬直する。動けない。
身体の内を握られる。
心臓を摑まれて、身体の芯が痺れ、急激に体温が奪われる。自分のなかにあった温度が、意志を持って一気に解き放たれる。
電気に触れたかのように目の前が瞬き、光が失われて暗転した。
なにも見えない。
受け身も取れず無防備なまま、音だけが聞こえる。
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