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ずっと疑問だった。一体、オレがなにをした。理不尽としか思えない暴力を、一方的に受けた。まだ十歳にも満たない子どもに原因があるはずがない。そう考えると腸が煮えくりかえる思いがする。
もしかしたら、新たな人死にが起こる可能性だってある。
「でも、……知ってしまった以上、見ぬふりをして放っておくのは違うんじゃないかと思う。止められるのに見殺しにするのは、ヤツと同等に堕ちる気がして嫌だ」
「姐さんは、兄さんに協力を惜しみませんよ。兄さんがやりたいようにすればいい。私はおふたりに従うだけです」
ただひとつだけ、とグレが念を押す。
「覚えておいてください」
低い声が諭してくる。「兄さんは我々に近づきすぎる。死者を理解しようとするのはかまいませんが、絶対にわかったつもりにならんでください」
どういう意味だ? と思った。グレは真面目な顔で続ける。
「死は、生者にのみ意味があるものです」
「どういうことですか」
「死者はもう、死とは縁がない。変わらぬ姿でそこにいるからと言って、生者と同じではない」
修哉さん、と呼ばれた。「我々がいるからと言って、同じ場所には立てません。同じものになれるとも思わんことです」
「グレさん……なぜ、そんな話をするんです」
「姐さんといれば、兄さんは早晩こちら側へ来るのを望むようになる。そう思うからですよ」
「アカネさんがオレを殺すから、ですか」
「それは違います」グレはきっぱりと断言した。「姐さんは望まないでしょう」
でも、と続ける。
「死者に近づきすぎると死のほうから寄ってくる。それでもいいかと心を許してしまう時が危ない」
「……」
「こんな辛気くさい話を兄さんにするのを、姐さんは嫌がるでしょう。危険になるまえに、絶対助けるから心配無用だと言うと思います。だが人の気持ちは徐々に変わっていって、一旦変わってしまったらそう簡単に戻せない。だから年長者として発言させていただく」
低い声で語られる言葉は、素直に心に響いた。
生きている者とは違う目を向け、グレは修哉に語った。
親しくし過ぎればいつか良くない事態に巻き込むのではないかと恐れ、兄さんはご友人や大切な人々に、常に気兼ねしているように私には見えます――、と。
その丸い顔に、気遣わしげな表情が浮かんでいる。
「それでも、遠ざけるのだけはやめたほうがいい。人は他人に迷惑をかけて生きるものだ。そこまで先回りして、関わりをあきらめる必要はありませんよ」
まっすぐな目線が修哉をとらえる。
生者は生者と生きるべきです、とグレは力強く言い切った。
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