第一章(2)…… 居酒屋の中年男

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「いなくなったわけじゃないのか……」  なんだ、あんなにも仰々しい抗戦だったわりに、当座をしのいだだけなのか。  またこの店に来る機会には、あのおっさんの成長ぶりを観察しなきゃなんねえのかよ、と思うと憂鬱になる。 「あたしのだって指導してやったから、懲りて二度とシュウに近づいたりしないわよ」 「さっきからオレ、物扱いされてますけど」  オレはモノじゃないですからね、違いますからね、とアカネに念を押す。修哉の訴えにきょとんとした表情を見せる。  やだ、と右手をひらりと倒し、 「なぁに言ってるの、モノだなんて。そんなわけないじゃない、あたしとシュウは一心同体でしょ?」  一心同体ときた。  まあいいけどね、と胸にしまう。思わず長い嘆息が漏れた。  腑に落ちないのを察したのか、アカネは眉をひそめて言った。 「あたしだって今日は気を遣ったのよ。だからそんなに疲れなかったでしょ」  あ、そういえば。  いつもならこんな目に遭うたびに、倦怠と疲労で動けなくなるのだが、平気だった。ふつうに立っていられる。 「雑魚だったから、なるべく絞ったのよ。それでも余ったから戻しといた」  えっ、と声が出た。 「あれって、自由に出し入れできるようなもんなの?」  できるわよ、とあっさり断言されて唖然とする。 「シュウの元気は多めにもらっといたほうがあたしは調子が良いけど、ちょいちょい回りに影響与えちゃうから、最低限にしといたほうがいいみたいだってわかったわ」  聞くなり、渋いものをかじったような気分になった。もしかして、しょっちゅうオレからかすめ取ってんのか。 「そういやあ、さっきの音……はじめて聞いたけど、アレ何なんですか? やたらすげえ音がしてたけど」 「負け犬の遠吠え」 「は?」  アカネは小首を傾げた。「虚勢を張る」 「……」  理解できずに黙っていると、わざとらしく反対側に首を傾け、 「カラ威張りをする」 「意味分かりませんけど」 「それじゃなければ、往生際が悪い、かな」  ええ、と眉を寄せる。わけがわからない。 「悲鳴よ」  ひ、め、い、と人差し指を立てて強調し、楽しそうに言う。  引っ掻く音が消えて、金属の固まりをひねり潰すような、聞くに堪えない音質。あれが霊の悲鳴か。 「やたらぎゃあぎゃあうるさいから、潰しちゃったのよね」  うふ、と鼻にかかる笑みを浮かべるのを見て、おっかねえなと肝が冷える。
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