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助けようとして失敗した女のこと、いつまでも覚えているなんて。ばかみたいなあたしを、こんなにも思ってくれるなんて。小さなあなたが、生きるつらさを抱え続けている必要なんてないのに。
いいの、忘れていいんだよ。
おたがいに運が悪かった。覚えていてくれなくてもだいじょうぶ。
忘れよう、きっと忘れてしまえる。
見えない姿で近づいて、そっと抱きしめようとする。やさしい笑みを浮かべ、泣いている少年の顔をのぞきこむ。
その顔は、昔の、子どもだった自分の顔。アカネは言っていた。あたしがシュウといるのは、もっとずっと前からだから。
アカネはまじまじとこちらを見つめて言った。まだこんな小さい頃、と片手を下げて修哉の背丈の半分ほどを示した。
気づいたら、いたの。
オレが、アカネさんの死んだ理由だったからだ。だから、オレに憑いた。
あたしは……シュウのそばにいたのよ、ずっと見てきた。
だから、酷い目に遭って欲しくない。
あの言葉は偽りのない真実だった。視界が淡く揺れて、流れる。
アカネはするりと修哉から抜け出して離れると、泳ぐように漂い、務に近づいた。
そして両手を伸ばして、務の頬に触れた。
ごめんね、とアカネは言った。
務にはアカネの姿は見えない。触れていることにも気づいていないはずだった。
「あの日、ぐずぐずしてないで早く歩いていれば、たぶんあたしはあの時刻に橋にたどりついてた。間に合っていれば、あなたは人目を気にしてあんな犯行をしなくてすんだはず。でも」
柔らかく微笑む。その両眼が優しく細まって、目じりに小さな光が反射する。
「どんなに望んでも、過去に戻ることはできない」
アカネの言葉に、修哉は胸が痛むのを感じた。
その意味はなによりも、よくわかる。死んでしまっている者の声は本来、生者には届かないから。
生きていればこそ。
死んでしまったときに彼女の時間は止まってしまった。なにかを成し遂げることはもうない。その時がくれば、永遠に現世から去るしか道は残されていない。
アカネが言う。
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