第七章(2)…… 氷解する段階

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 助けようとして失敗した女のこと、いつまでも覚えているなんて。ばかみたいなあたしを、こんなにも思ってくれるなんて。小さなあなたが、生きるつらさを抱え続けている必要なんてないのに。  いいの、忘れていいんだよ。  おたがいに運が悪かった。覚えていてくれなくてもだいじょうぶ。  忘れよう、きっと忘れてしまえる。  見えない姿で近づいて、そっと抱きしめようとする。やさしい笑みを浮かべ、泣いている少年の顔をのぞきこむ。  その顔は、昔の、子どもだった自分の顔。アカネは言っていた。あたしがシュウといるのは、もっとずっと前からだから。  アカネはまじまじとこちらを見つめて言った。まだこんな小さい頃、と片手を下げて修哉の背丈の半分ほどを示した。  気づいたら、いたの。  オレが、アカネさんの死んだ理由だったからだ。だから、オレに憑いた。  あたしは……シュウのそばにいたのよ、ずっと見てきた。  だから、酷い目に遭って欲しくない。  あの言葉は偽りのない真実だった。視界が淡く揺れて、流れる。  アカネはするりと修哉から抜け出して離れると、泳ぐように漂い、務に近づいた。  そして両手を伸ばして、務の頬に触れた。  ごめんね、とアカネは言った。  務にはアカネの姿は見えない。触れていることにも気づいていないはずだった。 「あの日、ぐずぐずしてないで早く歩いていれば、たぶんあたしはあの時刻に橋にたどりついてた。間に合っていれば、あなたは人目を気にしてあんな犯行をしなくてすんだはず。でも」  柔らかく微笑む。その両眼が優しく細まって、目じりに小さな光が反射する。 「どんなに望んでも、過去に戻ることはできない」  アカネの言葉に、修哉は胸が痛むのを感じた。  その意味はなによりも、よくわかる。死んでしまっている者の声は本来、生者には届かないから。  生きていればこそ。  死んでしまったときに彼女の時間は止まってしまった。なにかを成し遂げることはもうない。その時がくれば、永遠に現世から去るしか道は残されていない。  アカネが言う。
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