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「自分が望む未来へ、近づく努力はできる。生きてさえいれば」
修哉も、声に出して務に言っていた。
「もう終わった。もういいんだ。だから」
務が、修哉の顔を見上げる。
その視線が、半分透けたアカネの顔を通り抜ける。
アカネが務の顔を覗き込む。緩い波を描く髪がふわりと揺れ、務の顔にかかる。
「あたしみたいに死んでしまったら、なにもやりなおせないもの」
残念だけど、と言って、務の額に額を寄せる。あの頃はあなたも子どもだった。誰も救ってくれなかった。つらい場所から逃げ出したかっただけなのに。
あたしは、子どもを助けたかったの。
あのとき、あなたのことを知っていたら、修哉だけでなくあなたも助けてあげたかった。みんなが幸せであるべきだと願うから。
アカネが言う。
「どうか生きてほしい」
修哉も、同じ言葉を発していた。アカネと声が重なった。
はじめて聞いた音のように、須藤務は表情を凍らせた。息を飲み、数秒ののちにふたたび息を吸う。
見張った両眼が、閉じられる。込み上げる感情を堪えるように、目をぎゅうと閉じたまま顔を歪めた。
望んでも、目の前には固く閉ざされて、けっして動かない扉があった。温かい世界からは、ずっと断絶されてきた。
進む先は塞がれていた。ほしいものは決して手に入らない。そう思い込んでいた。
ようやく、扉を開ける鍵を手にした。取っ手を探り当て、鍵穴へと差し込み、ひねる勇気を振り絞る。
先に進む、新たな道が扉の先に拓ける。
解放の時、閉じた目を開き、務が前を見る。
階段の踊り場に、修哉と務だけがいる。
務は修哉を見上げて、震える唇を動かし、感情とともに声に出した。
「十年前はすまなかった。俺が悪かった」
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