第七章(3)…… 夜明けへの足どり

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「おまえのこと探そうとして、下の階から確認しながら上がってきたらいきなり事故だろ」  梶山が目前で起こった事故を見て、見ぬふりで立ち去れる性格であるはずがない。  周囲に声がけして警察と救急車を呼び、けが人の面倒を見て、なんだかんだ今まで時間を食ってしまったと話した。 「やっと警察が来たから任せてきた。びっくりしたよ、事故を目撃するなんて初めてだからな。運転手、ショックだったのかずっと叫びっぱなしでさ。救急車で運ばれてったから、ようやくおまえのこと思い出して、気になったから探してたんだよ」  そして、座り込んでいる務に目を向ける。 「もう話はついたのか」 「ああ……、聞きたい言葉は聞けたから、もういい。終わったよ」  全部、終わった。修哉はそうつぶやいた。 「そっか。それならよかった」  ぽん、と右肩を軽く叩いてくる。それ以上を口にしない。しばらく無言のまま、ふたりで須藤務を見守る。  なあ、と梶山が修哉に声をかけてきた。 「で、どうするんだ? この人、このままにしとくのか」 「どうするって……?」  修哉は梶山の言っている意味がわからなかった。 「警察、別件で下に来てるけど、連れてかなくていいのか?」 「いいもなにも……オレにも誤解があったし、いろいろわかったこともあった。謝罪も受けた。オレの件は、もう終わったことだと思ってる」 「そうか、じゃあ俺が口出す必要はないな」  座り込んだままの務にふたたび目を向け、梶山は落ち着いた声で言った。 「俺さ、頼まれたからさ。この人に伝えなきゃいけないことがあるんだよ」  務は踊り場の柵の外へ目を据えて、動く気配が無い。  梶山は務に歩み寄ると、片膝をついて座り込み、目線を合わせた。  それから肩からかけていたショルダーバッグから、あの紙袋を取り出し、務に差し出した。 「これ、預かり物です。須藤の伯母さんから渡して欲しいって頼まれました」  差し出されたものへと務の目が向いた。手を伸ばして受け取る。紙袋を開き、内容物を確かめた。  中に手を差し入れ、斜め下へと滑らせて取り出す。出てきたのは、列車の雑誌とそれから、侑永が大切にしていたストラップだった。  務は紙袋を床に置き、膝に乗せるようにして両手で広げた。ひとつずつを手に取り、表から裏返しにして眺め、雑誌の表紙に見入る。
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