第七章(3)…… 夜明けへの足どり

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 そのようすを見て、梶山が説明する。 「この雑誌は侑永が気に入ってよく見てたものです。俺の弟とよく眺めてました。侑永は、いつも務さんと行きたがってました。だから……この先時間ができて、気が向いたらこの侑永のストラップと出かけてみてください」  それから、と梶山はストラップの入った透明な袋を指さした。 「それは紐がほつれて壊れかけてたので、須藤さんが先日、仕立て直してくれたものです」  じっと務はガラス玉を見つめている。大きいガラス玉は欠けていたために取り替えられてしまった。深い海の中を泳ぐ一匹のクラゲの姿は、今は群れて楽しげに泳ぐ、小さな紅い金魚たちに変わっている。  革紐を通し、留め具として使われている蛍光色のビーズだけは前と同じものだった。  記憶のなかのものと確かめているのか、それともこれを持っていた侑永を思い起こしているのだろうか。 「須藤さんが、務さんにとても会いたがってましたよ」  梶山はそう言って、いや、違うな、と言い直した。 「こう言いたかったんだと思います。ずっと会えずにいて心配だから、近々、顔を見せに来なさい、と」  務は梶山の顔を見上げて、言われた意味をわかろうとしているようだった。  ふいに、両の目に理解の色が浮かんだ。  遠くにあって届かないと思っていた答えが、実は近くにあったのにようやく気づいた、そんなような表情。  決意が目の光となって表れる。 「わかりました。すべて終わったら必ずお伺いします。俺、警察に出頭して、ぜんぶ話します。だからすこし時間はかかってしまうけど、待っていてほしいんです。そう伯母に伝えてもらえませんか」  わかりました、と梶山はまっすぐに相手を見つめ、頷いた。 「よろこんでお引き受けします。かならず伝えますよ」  梶山は好青年の笑顔で、快活に答えた。  務は梶山に頭を垂れ、ありがとう、と言った。  その横顔は晴れやかで、まさに憑きものが落ちた瞬間に見えた。 
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