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もし、どうやってあの場所をつきとめたのかを訊かれたら、十年も前に務と関わり合いがあり、その事件を明らかにしたいがために、弟が川から拾ったストラップから須藤夫人にたどりつき、務の自宅を突き止めたことまでを、逐一説明しなくてはいけなくなる。
それに、だ。修哉とアカネが実際にやった侵入方法を警察に話そうものなら、聞いた相手は冗談でも言って馬鹿にしていると思うか、頭から正気を疑うかのどちらかだ。
ありがちな嘘でごまかすとすれば、実はなぜか部屋の鍵がかかってませんでした、だから勝手に入っちゃいました、くらいしか言えない。そうなったら住居侵入で微罪になるだろうか。
「わかったよ、オレはおとなしく引っ込んどくよ」
「ああ、そうしとけって」
梶山に言われて、ふと思い出した。そういえばひとつ、訊きたいことがあったんだっけ。
なあ、と梶山に視線を向ける。
「おまえさ、須藤の兄ちゃんに言っただろ、あの時」
え? と梶山がこちらを見た。グラスを手に持ち、差したストローを口に咥えている。
「なんか言ったっけ?」
「時間ができたら、侑永のストラップと出かけてみたらいいって提案しただろ」
「あー」
そういえば言ったな、そんなこと。視線を上に向けて、梶山は言った。
「なんであんなこと言ったんだ? 別に雑誌なんて渡さなくてもよかっただろ?」
んー、と梶山は首をひねる。まあな、と応じた。
「あのさ、人ってな、未来に希望っていうか……目的があったほうが生きやすいんだよ」
意外な返答に、修哉は黙って梶山の顔を眺めた。ふと梶山は、はにかんだ笑みを浮かべた。
「とは言っても、これは死んだじいちゃんの受け売りなんだけどな」
「そうなんだ」
「まずは楽しいと思える時間がほんのすこしでもあれば、ちょっとのあいだでも生き延びられるだろ。そうしたら数分後の将来には違うなにかがあって、もしかしたらほかの楽しみが見つかるかも。わずかでも、いろんな経験を重ねてさ」
ああ、そうだな。修哉はそう答えた。
希望か。
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