第一章(1)…… 火事場の怪談

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 ちらりと視点を流す。暗がりにぼんやりと立っていた店員はいなくなっていた。  その場で友人たちは他愛ない会話を交わし、それぞれが各自の近況を話し尽くしたあと、話題は自然と共通の思い出へ返っていく。 「そういえばさ」  対面側の左奥にいた松田が、声を潜めて話題を振ってきた。 「十年くらい前かな、うちの近所で火事があったの覚えてる?」 「ああ、なんか子どもの火遊びで家が燃えたってやつだっけ?」  修哉の左側に座る高橋が口を開く。半分ほど減ったビールジョッキを左手で掲げる。飲んだ際に残った泡が、何段かの線となって内側に残っていた。 「うちから現場までは離れてるから実際に見てはいないんだけど」童顔を大げさにしかめて、井上が言った。 「すごい数のサイレンが鳴って大騒ぎになったから、火事があったのは覚えてるよ」  高橋が酔っ払い特有の大声で話す。 「おれは、親父が煙草の火の不始末をやらかしたって聞いたんだが……、違うのか」 「それ――」  正面右に座る梶山が、思案顔になる。「ふたり死んでるんだよな……その火事」  松田がうなずく。そうだった、と言って、遠い目になる。 「あの夜は強風が吹いててさ、しばらく雨もなくて空気も乾燥してたしさ。あっという間に火の手が上がって……うちにも火の粉が飛んできたから、もらい火しないかって親がすごい心配してたのを覚えてるよ」 「深夜に消防車が何台も来ただろ。だからすっかり目が覚めちまってさ。隣近所もちょっとしたお祭り騒ぎみたいになって、見に行っていいかって訊いたら、子どもは危ないから絶対駄目だって親父にすっげえ怒られたよ」  高橋が記憶を掘り起こす目線になって言った。右眉の上を掻いている。 「うちは、ああ言うのを見ると子どもは寝小便垂れるから見に行ったらあかんって、おかんに言われた」  親の出身地もあって井上の会話には時折、関西弁が混じる。 「俺さ、前に正月飾りを焼く行事を神社の境内で見たことあるんだけどさ」  ビールのジョッキを傾け、口にしてから高橋が続ける。「焚き火程度でもかなりの放熱なんだよ。大人が何十人、消防車で管理しても煤はふつうに舞うし、風吹いたら簡単に焦げそうなくらいに熱くてけっこう怖かったんだよなあ」
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