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「まあ、まるごと一軒家が燃えたら、映画とかドラマみたいに人なんか容易に近づけたもんじゃねえよな」と梶山が同意する。
松田が遠くを眺める目線になって、記憶を語った。
「ウチの弟だけ全然起きなくってグースカ寝てるもんだから、起こして見せてやろうかって言ったら、爺ちゃんに放っとけって言われたな。野次馬はみっともねえからって」
ああいう場面では大人の浮ついた姿が見えたりするから、見なくてもええ、子どもはおとなしく寝とけと言われた、と続ける。
「死人が出るような火事は、好奇心で騒ぎ立てたらダメなヤツだろ」
ダメ押しでもするかのように、梶山がやけに冷静な声で言った。そのままグラスに口をつける。
いきなり、場に間が空いた。
視線を感じて修哉が目線を向けると、梶山と目が合った。なにかを気にしているように思える。
実はさ、と気を取り直した松田が話を戻す。
「火事の後、整地されてしばらく時間貸しの駐車場になってたんだよ。だけど土地もそこそこ広いし、だいぶ近所の記憶も薄くなったのを見計らって二階立ての賃貸物件が建ったんだ。そしたらさ――」
梶山の機嫌をうかがうように、続ける。「――噂がね」
「ウワサ?」
「うん、新築なのに出るって」
「はぁ?」
「出るって……まさか、幽霊ってか?」
「らしいよ」
へえ、と一同が唸ると同時に、修哉はここにもいるけどな、と手元のグラスを眺めながら考えていた。
しかも、一体じゃなく二体も。片方は他者には無害と言えるが、もう一体はどうにもタチがよくないとしか思えない。
さっきから気になってしかたない。ふだんから意識して視ないように釘を刺されている。気を逸らそうと味つきの冷水をちびちび口に含みながらも、どうしても目が行ってしまう。
なんでだよ、どうしてこんなところにあんな気持ち悪いもんが落ちてんだよ、ふざけんなよ、と心のなかで悪態をついた。冷や汗が身体を伝うのを感じつつ、平静を取り繕う。
ほんの少し前、あれが視えたときは目を疑った。
最初は二本の指が床面にかかった。一瞬、だれかが廊下に倒れていて、助けでも求めているのかと思った。
楽しげな雰囲気におよそ似つかわしくない、上がりかまちの下から現れたもの。ずるりと這い上がる。手のかたちを模した、不気味な物体が動いている。
肌の色は、血の気の失せた青白さ、いや、灰色に近い。
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