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3 ご卒業おめでとうございます
次はわたしが歌う番だ。厳かに歌い始めた。
「たがーいにーむつーみしー 日ごーろのー恩ー」
4人は、わたしを見つめている。
「わーかーるるーのちーにーも」
と歌ったところで、胸を何かに捕まれたような感触を覚えた。
「やよーわすーるなー」
胸のつかえが大きくなり、違和感は喉から頭に達した。
それと同時に、今までの彼女たちとの思い出が、映画の予告編を見るように次々と脳裏に浮かんで来た。
切ない感情が一気に湧き上がって来た。
「身をー立てー名をー上げー やよ……はげー……め……よ」
何でだろう、涙があふれ出て来た。今まで、『仰げば尊し』を歌ってこんな事なかったのに。
「今ーこそー……わかー……れめ……いざ……さらーば……」
ほとんど声をつまらせて歌にならなかった。
3番は、再び卒業生4人も一緒に歌い出した。
「朝ー夕ーなれーにしー まなーびのー窓ー」
彼女たちはしっかりと、はっきりと、歌っている。
わたしは嗚咽がこみ上げて泣き声で歌っていた。
何でだろう。何で、今頃になって。
それに比べて4人の女子生徒は、むしろ楽しそうに歌っている。
わたしも以前はそうだったのだ。卒業式なんて全校朝礼と同じ感覚だった。
それが……。
「今ーこそーわかーれめー いざーさらーばー」
もうわたしは、掌を顔に当てて泣いているだけだった。
いつの間にか花束がわたしの前に差し出された。
「先生、ありがとうございました!」
花束を受け取りながら
「ううう……うん。グス、みんなも、グス、卒業おめでとう。元気でね。がんばってね。いつでも会いに来てね」
今は、心からの言葉だ。何でだろう。生徒だったわたしが先生になって立場が変わっただけなのに。みんなが新しい世界に出て行くことが、こんなに切ない思いとして感じるなんて。明るく応援したいのに。
「みんな、それぞれ違う道を歩むことになるけど、明るく生きてね」
わたしは、ひとりひとりと握手をした。彼女らの目は希望に輝いているように見えた。それが羨ましくも見え、何故かまた涙がこみ上げて来た。
「では、先生もお元気でお仕事がんばってください。失礼します」
そう言って、4人は、いつもの下校のように、ふざけながら楽しそうに校門に向かって行った。
昨日の下校時と同じ風景だ。でも、今日は昨日とは違う。
わたしは、思いっきりの笑顔を作って4人に向かって叫んだ。
「みんな! ご卒業おめでとうございます!」
4人が振り向いてにこやかに手を振った。
明日からもう二度と、彼女たちの下校姿は見られない。
終わり
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