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1 泣かない女
わたしは、卒業式で泣いたことがない。
大概、友だちがわたしの肩に顔をうずめて泣き、それをよしよしと頭をなぜて慰めるのが常だった。
「あなたは、強い女になるよ」
などと目を赤くして鼻水を垂らした友だちに言われたのを覚えている。
でもまあ、必ず泣かなければならないというものではないし、泣かない者のほうが多かったと思う。
この時期は、親類縁者から「卒業おめでとう」などと言われるが、わたしには何がおめでたいのかピンとこなかった。
普通に学校に通って、そこそこ勉強すればなんとなく卒業できたからだ。
最後に「おめでとう」と言われたのは、大学の卒業式だった。
それから2年後。
わたしは、「おめでとう」を言う側になった。
高校の教員になったからだ。
春の息吹が感じられる、今日この佳き日。わたしは、担任として初めて北之灘高校から生徒を世に送り出した。
徳島県立北之灘高等学校は、香川県から徳島県鳴門市に向かう国道11号線沿いの瀬戸内海、播磨灘に面した小高い山の中腹にある小規模な公立高校だ。
わたしの受け持ちクラス、3年1組の生徒28名は、平成某年3月吉日の今日。卒業式を迎えた。
立場が変われば心境も少しは変わり、こみ上げる物があるだろうかとも思った。
が、やはり涙は出なかった。
大学を卒業して教員となり、初めて受け持ったクラス。というわたしの人生にとって記念すべき生徒たちだったが。
彼らとの交流が疎遠だったということは決してない。だが、別れが寂しいとか辛いなどと言う感情はない。
わたしが、理科系で人と人との別れなど単に物質の距離が離れるだけ、などとドライに理解しているためだろうか。
卒業式が粛々と進行して行くのを薄っすらとほほ笑みながら眺めていた。
式が終わり最後の別れで、教室に帰った時も然り。
わたしは、ニコニコとして、
「みなさんご卒業おめでとうございまーす」
などと明るく挨拶をした。
女子生徒の数人が、ハンカチを出してグスグスと鼻をすすって肩を揺らしていた。そのような生徒を見て初めて、ああ卒業式はやっぱりこうでなきゃなどと感じ入る。
しかしながら、そのような情景を見ても、泣くほどではなかった。
むしろ小屋の中のハトたちを、扉を大きく開き大空に解き放つ気分だ。
さあ、どこへでも行きなさい!
最後の担任あいさつで、
「何かあったらいつでも相談に来てね」
とは言うものの、もう面倒はかけないでねというウエイトのほうが高いのだ。
わたしは、早々に卒業式を終えた生徒たちを野に解放した。
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