10人が本棚に入れています
本棚に追加
2 もう一つの卒業式
賑やかに校門を出て行く生徒を職員室から見ていると、副担任の先生が声を掛けてくれた。
「先生、お疲れさん。大変やったな。ようあのクラスを無事に卒業させたな」
「いえスーパー副担任の先生のおかげです。先生こそお疲れ様です。年度末には、ご退職なのに」
「いやいや、楽しかったで」
「先生にそう言っていただくと、嬉しいです。わたしもあの子たちを受け持って楽しかった……」
こともあるが、しんどかった事の方が多かったです。とは言わなかった。
卒業式は午前中に終わったので、わたしは弁当を持参して戸外で食べようと玄関に向かった。
それほど今日は、暖かい。
玄関を出た時だった。わたしの前に4人の女子生徒が立ちはだかった。
4人ともわたしのクラスの卒業生だ。
しかも、わたしが飛び切り手をかけたと言うか、大変面倒をかけられた子たちだった。
長身ショートカットの君は、深夜徘徊するのを一晩中探したことがあった。
また、癒し系の君は不登校傾向で、家まで時々迎えに行った。
喧嘩っ早い君は、喧嘩の後君の無事を確かめに行ったわたしを投げ飛ばしたよね。
果ては、屈託のない笑顔の君だ。ヨットのヨの字も知らないわたしに、ヨット部の顧問になれと強引に迫って来たのだ。
結局わたしは、引き受けたがまともに部が動くまで相当苦労した。
「な、何よお礼参りじゃないでしょうね」
もちろん、お礼参りをされる覚えはない。つもりだが。
屈託のない笑顔の女子生徒が言った。
「先生、大変お世話になりました。私たちどうしても先生に、感謝の気持ちを表したくて」
「え? 何、何?」
「こちらへどうぞ」
まさか? 体育館の裏に連れて行くつもり?
そういうこともなくすぐ傍の桜の下に行った。
「では、私たちの感謝の気持ちを歌で表します。では、先生にはこれを」
そう言って、わたしに二つに折った紙を渡してきた。開いて見ると歌詞が書かれてある。
『仰げば尊し』
「私たちは1番と3番を歌います。先生は2番と3番を一緒に歌ってくださいね」
「え? 私も歌うのね……。わかった」
「じゃあみんな、せーの」
「仰げばー尊しー わがー師の恩ー」
彼女たちは、歌い始めた。きれいなメロディーの歌だ。わたしは、この歌が好きだ。歌詞は古い言い回しだが、心にしみる。
傍から見ると純真な学園ドラマの一コマのようだ。
みんなしっかりと歌っている。
「いまーこそーわかれめー いざーさらーばー」
1番が終わった。
最初のコメントを投稿しよう!