「おめでとう」あふれる世界

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 「おめでとう」と言われたいあなた。  オンライン対戦ゲームをしましょう。  私はとあるオンライン対戦格闘ゲームを嗜んでいるのですが、オンラインの世界は実に素晴らしいです。  なぜって? そこには「おめでとう」が溢れているからです。  「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」  私はよくこうした称賛の声をいただきます。  メッセージ機能とでも言いましょうか、私というプレイヤーと、ネットワークでつながる見知らぬあなたというプレイヤーで簡単な言葉のやり取りが行えるのです。  言いたいことも言えないこんな世の中ではございますが、オンラインゲームの世界では「おめでとう」でありますとか、「やりますね!」といった、相手を褒め称える言葉があふれかえっていることと思われます。少なくとも私の世界ではそうです。お互いの承認欲求を満たさんとする平和なやり取りが、ゲームの世界では行われているのです。  私はそう言った称賛の言葉をいただく時、やはり心が震えます。  「おめでとうございます」と言われるたびに、ゲーム機を投げ捨て、咆哮を上げ、台パンをするのです。  台パンをご存じでない方もいるかもしれませんね。台パンとは、台……すなわちテーブルなどを怒りに任せて拳で殴りつける(パンチ)ことです。ちなみに、手が痛そうなので私は台パンをしません。近隣住民の耳もありますので、咆哮を上げるなどもしません。ゲーム機も3万円くらいするので投げ捨てません。そういう方々もいらっしゃるということを想像しながら書いております。悪しからず。 ――おかしいですよ、褒めてもらっているのに台パンだなんて  そんな風におっしゃるあなた。あなたは実に正しいと思います。  ですが、少しだけ違っているのです。  熾烈を極める戦い、お互いの技と技とがぶつかり合う音。遠く離れた相手との心理戦。熱い戦いもついに終わり、惜しくも私は負けてしまう。悔しいですが、そういう戦いが大変に楽しいのです。オンライン対戦ゲームの醍醐味です。  ただ、 “私の楽しい”と“お相手の楽しい”は違うのです。  私が「おめでとう」と言われるのは、私が負けた時……負けた時なのです。  オンラインゲームをする少年少女、紳士淑女に「おめでとう」というアイテムを与えた結果、「おめでとう」があふれる世界になりました。  私は自分が勝った時も、負けた時も、基本的に相手にメッセージを送ることはありません。  戦い終わればノーサイド。もう争う必要はないのです。  なのに、あなたは「おめでとう」という文字が刻まれた刃を私に突き立てるではありませんか。  よろしい、ならば報復です。  私はあなたに勝ったとしても、心優しい称賛の言葉など贈りません。  「おめでとう」の「お」すらも出てこない程に、完膚なきまでに叩き潰して差し上げましょう。火炎武器、ブーメラン、投げ斧、鞭、ナイフ……ありとあらゆる卑劣な武器でその刃を砕いて差し上げましょう。  さあ、皆様、オンライン対戦ゲームをしましょう。  この世界から「おめでとう」を滅ぼそうではありませんか。
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