花束とピアスホール

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 恋人に誕生日に欲しいものはあるか、と聞いたら花を寄越せと言われた。  私のことを考えて、花束を作ってきてと。  恋人になったのは二年前だが、出会ってからは十二年経つ。なんだかんだで毎年誕生日プレゼントのやり取りをしていたので、さすがにもうネタ切れだったのだ。苦肉の策で聞いたのだったが、思ったよりもシンプルな答えが返ってきて少し拍子抜けする。  花屋なんて、子どものころに父と一緒に母の日のカーネーションを買いに行った以来だ。あいつの家の近くで、ラッピングまで丁寧にしてくれるという評判の店を探した俺は、白い壁に木材をランダムに配置したナチュラルな外装の店を前に深く深呼吸をする。  これは彼女からの挑戦状だと考えよう。俺は意を決して、花屋へと足を踏み入れた。  花屋独特の甘いような青臭いような香りが漂ってきた。この匂いは嫌いじゃない。 「いらっしゃいませ」  若い男性の店員が、こちらに気がつき、気持ちのいい笑顔を向けて来る。  緊張して強張っていた顔が少し緩むのを感じた。 「花束を作りたいんですけど」 「はい、贈り物ですか?」 「えぇ、誕生日のお祝いです」 「承知しました。ご予算はお決まりでしょうか」  店員は慣れた手つきでオーダーシートのを取りだし、こちらに質問を投げかけてくる。それに答えながら、周囲の花を見渡す。目星をつけてはいたが、色とりどりの花々を見ると目移りしてしまう。 「色はお決まりですか?」 「えぇ、一応。相手に似合う色と思って、オレンジとか黄色がいいなと思っていたんですけれど。ここにきて迷ってきてしまいました。このピンク色の花も綺麗ですね」 「そちらはトルコキキョウですね。オレンジのものもありますよ」 「なるほど、ちなみにこっちの青い花に似たもので黄色い花はありませんか?」  他に客がいないのをいいことに店員にあれこれ聞きながら三十分以上かけてどうにか花を選び、ラッピングも少し奮発した。  手に抱えて歩くのは少々恥ずかしいが、それでもいいだろう。喜んでくれるといいが。  店員に礼を言って店を出て、彼女の家に向かう。行き交う人が俺の腕のなかの花束を見て微笑ましそうな表情をするのがなんともこそばゆい。店から彼女の家までは歩いて二十分ほどかかる。思わず早足になるのを必死で押さえて歩くスピードを落とし、しばらくするとまた早くなるを繰り返す。  六月頭の夕方はすごしやすい気温だが、汗をかいた顔で花束を渡すのは格好が付かない。  結局、予定より五分以上早く、彼女の家の玄関の前に立つことになった。タオル地のハンカチで顔や腕ににじんだ汗を拭いてから、花束を背中に隠してインターホンを押した。  彼女はすぐに出てきて、思ったより早かったねと笑う。背中に隠した花束を気にする様子もなく中に入った彼女の背中を追って行く。  リビングに入ると、テーブルにはもうすでに麦茶のボトルと氷の入ったグラスが用意されていた。 「もう暑いから。温かい飲み物用意する気にならなくて」 「俺も麦茶がいい」  そう言いながら麦茶を注ぐ彼女の手を見つめる。タイミングを図ることが苦手な俺だが、失敗はしたくない。お茶を注ぎ終えたタイミングがいい。花束を抱えて、麦茶を凝視する俺はきっと滑稽だろう。 「そんな見つめなくても」  視線に気がついた彼女が、注ぎ終えたボトルをおいてこちらを見る。俺の腕の中にある花束を見て思わずといった様子で笑った。 「誕生日、おめでとう」 「本当に買ってきてくれたの」 「当たり前だろう」  花束を受け取って、目を輝かせる姿をみて喜んでくれている様だと胸を撫で下ろす。 「ねぇ、教えてよ。どうしてこの花にしたのかとかいろいろ」  私のことをたくさん考えてくれたんでしょ? そう言って花束を大事そうに抱える彼女の首元には花束とは別のプレゼントとして先に渡した小さなダイヤのネックレスが光っている。  確かに、花が欲しいと言われたときから、花言葉や色、贈る数の意味をたくさん調べたし、調べながら彼女の笑顔を何度も思い浮かべた。  そうか、彼女が欲しかったのはこの時間か。  納得すると、彼女が余計に愛おしく感じた。 「俺の誕生日も花束欲しいかも」  思わずそういうと、彼女は目を丸くして、そのあとしてやったりと口角をあげた。 「あなたの欲しいものはきっと花束なんてやさしいものじゃないでしょ。あと四ヶ月もっと考えてね」  宿題ね。人差し指を口角に当てて先生のように言う彼女。やさしくないとはどういうことだ。口を開こうとするとそれより先に彼女に手で止められる。 「それよりも、今日はこの花束の話がしたいな」 「わかったよ」  俺は、降参と両手をあげて、席に着く。それを見て彼女は満足そうに頷いた。 ――――――――  彼女の誕生日から、五ヶ月経ち、俺の誕生日から一ヶ月が過ぎた。季節も梅雨時から冬を目前にした秋の暮れに変わっている。 「どう?」 「気にしなくて大丈夫よ、膿んでもいない」  俺に向かって笑いかける彼女の耳には俺の誕生日に俺が贈ったピアスが光っていた。
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