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第1章
「――俺のせいだ、俺が全部悪い。こうなることが分かった上で求婚した、俺を責めれば良い」
その言葉を聞いた時、私は一生この人から離れられないと確信した。大きな体を小さいと錯覚するほど震えた声は、砂糖よりも甘い。私のためだけに正々堂々と嘘を吐くその瞳は、火傷しそうな熱を孕んでいた。
「俺が一生をかけて幸せにする。お前を幸せにすることが俺の贖罪だ、だから街に残ってくれ。街の人間と関わるのが嫌なら、ずっと家の中に居れば良い。お前と一緒に生きられるなら、俺はなんだってするから――」
消え入りそうな声で、頷いてくれと懇願される。私の心はとっくに飢餓状態だ。甘露な蜜を注いだ皿を目の前に置かれて、さあ、お食べと言われた心地だった。その抗いがたい誘惑に思わず負けそうになりながら、しかし私はこの時、絶対に頷いてやるものかと心に決めたのだ。
甘露な蜜には、これでもかと毒が混ぜられていた。それは私の心身だけでなく、愛しい男の人生まで破壊しきってしまうと分かっていた。
『贖罪』なんかで結婚されて堪るかという思いもあった。それに、罪をこの人に押し付けて――楽になって堪るかとも。後ろ指を差されるのは、私1人で十分だった。今はまだ、幸せになることなんて考えられない。
「嫌よ、街に居たって肩身が狭いもの」
「それなら、俺も一緒に――!」
「見ての通りすごく狭い家なのよ、分かるでしょう? ……昔はあんなに良くしてくれたもの、あなたのご両親に恨まれるのは辛いわ。私を稀代の悪女にでもするつもり?」
途端にグッと言葉を飲み込んだ姿を見て、これでもかと愛しい気持ちが込み上げてきた。どうせ街では悪女なのだ、これ以上も以下もない。それでも彼は、自身の言動によって私が悪し様に言われることが我慢ならないらしい。
きっと本当は、私のことはもう忘れて――とか、他の誰かと幸せになってね――とか言って、別れるべきなのだろう。ただ、どうしたって私には、それができそうになかった。彼の大きくて分厚い皮の手を握って、僅かに目を伏せる。
今まで周りから散々、可愛げがない、女ならもっと弱みを見せた方が良いと言われてきた。男は守られたいのではなくて、守りたい生き物なのだと。だから皆、妹の方を可愛がるのだと――。
それでも彼は妹ではなく、私を選んでくれた。選んだ結果がこれとは笑い話にもならないけれど。だからこそ、彼にだけは見せよう。彼の前でだけ私は、弱くてずるい女になろう。
「一つだけ、お願いがあるの」
「ああ、なんでも言ってくれ」
彼はまだ、自分の片想いだと勘違いしている節がある。惚れた弱みにつけこむなんて、最低の行いだという意識はあった。妹のことも、互いの両親のことも、街の人間の評価も、彼の求婚に応えるにはしがらみが多すぎる。しがらみと同じ数だけ罪悪感もある。
それが分かっていても、どうしてもこの手だけは放したくなかった。
「絶対に、幸せにならないで」
幸せになるなら私と一緒に。それ以外は絶対に許せない。
私の想いを正しく受け取ってくれただろうか。それともまるで、酷い罰を与えているように受け取られただろか。
そんな不安をよそに、彼は心の底から嬉しそうに笑って頷いた。私はただ、安堵の息を吐き出した。
「――俺は、セラスを差し置いて幸せになったりしないからな。カガリが亡くなった時に、お前の全てを背負うと決めた」
小さな家の玄関から、窮屈そうに出て行く大男。もう来なくて良いと言ったところで、また来るとしか言わないのは分かりきっている。その広い背中をバシンと叩いて追い出した。
「本音を言えば、話し相手が居ないことだけは寂しいと思っていたのよね」
「明日も明後日も、毎日顔を見に来るさ」
「……会いに来るだけ?」
「セラスが欲しがりそうなものを揃えて持ってくる、代金は要らない」
「私の欲しがりそうなものなんて、本当に分かるの? でも期待せずに待っているわね、ゴードン」
求婚には応えずに、だからと言って冷たく拒絶する訳でもなくて。まるで飼い殺しの状態で、しかも金品まで要求してしまった。
――いや、別に、そんな厚かましい要求をしたつもりはなかった。ただ会いに来るだけでなく、心と体の寂しさを埋めてくれさえすれば、それだけで良かったのに。
彼は堅物で鈍感なところがあるから、察してなんて酷なことは言わないけれど。
これでは本物の悪女――いや、魔女だろうか? 今日からご近所さんになる気難しい友人に話せば、かなり怒られそうだ。
馬車を操り街へ帰って行くゴードン。彼の姿が見えなくなるまで見送ってから、私は小さな家の中へ入った。
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