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一週間だ。
緊張の続く中、合図とともに特殊部隊が立てこもり現場のホテルの中へ入っていく。それと同時に記者たちや野次馬が湧いてくる。
「下がってください!」
省吾はできるだけ声を張って押し寄せてくる人の波を抑えていた。まだ中の状況は把握できていない。犯人が銃や爆発物、薬品を所持している場合もある。まだ命の危険性が十分に残っているのに、記者たちはできるだけいい位置に行こうと人をかき分けてカメラのレンズを向ける。滅多にない光景を一目見ようと嬉々としている野次馬たち。そんなのんきな人たちに苛立ちながらも省吾は体を張って一歩も退かなかった。
「俺たちも向かうぞ」
先輩の金沢とともに省吾も現場へ駆けつける。階段を駆け上がる中、反対に下がってくる特殊部隊の一人と出くわした。
「現場はどうだった? 犯人は」
一週間も見張って疲れているせいか矢継ぎ早に質問に迫る。若手の隊員は力なく首を振った。
「ひどいものです。とても正気の沙汰とは思えません」
軽く頭を下げて通り過ぎていく隊員の背中を見送る。
「急ぐぞ」
金沢の声に我に返った省吾は二段飛ばしで駆け上がった。
現場は三階の大広間だ。開け放たれた会場に入った途端、異様な臭いに顔を覆った。事前の捜査から人質は八人いた。確かに八人の姿はあったが、そのうち七人はぴくりともしなかった。手前の女性は腹を裂かれて臓器が無造作に腹の上に乗っている。右側の青年は生気の通っていない青々として固まっている。奥の老人は手足が明らかに変な方向に曲げられて、その顔は男か女かも判断できないほど潰されている。壁や絨毯に血潮が飛び散っている。その広間の中央で隊員たちに押さえつけられている四十代くらいの女性が言葉にもならないことを叫び続けている。半分は血生臭い、半分は腐敗した臭い、とてもこの世の光景とは思えなかった。
「こりゃあひどいな」
ハンカチで鼻から下を覆いながら金沢は広間を見回した。そして近くにいた隊員に、
「犯人か?」と聞くと隊員は首を横に振った。
「どうやら犯人は最上階のレストランに捕らえられているようです」
どういうことだ?
省吾は金沢と顔を見合わせた。
すぐさま上に駆けつけると、壁一面が窓で覆われた豪奢な部屋に犯人はいた。大勢の隊員が体の上に乗って身動きを封じているが、当の本人はまるで抵抗しようとしない。糸の切れた傀儡のように顔を少し傾けてじっとしている。
犯人の姿に証後は少なからず驚いた。直毛の髪が目にかかり、肌の透き通る男は二十歳そこそこの青年だった。
俯いていた虚ろな瞳がふと上がって省吾たちを見た。ゆっくりと金沢がある程度の距離まで詰めていく。
「この七日間のこと、あとでじっくり聞かせてもらうからな」
凄みのある声に省吾が緊張する。背中でわからないが、その眼光は熊のごとく猛々しいものだろう。新人のころ、金沢に叱られるたびに小便を漏らしそうになったことを思い出す。しかし、青年は至って平然だった。
「よろしくお願いします」
薄い唇がうっすらと笑みを浮かべていた。
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