「それでも」

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 石川柊、二十一歳。都内の大学に通う学生。本籍、愛知県。  眼前に座る青年は当日見たときより小柄だった。金沢が目線を離さずに質問する。 「それで、どうしてこんなことをした?」 「『こんなこと』ってどのことですか?」  いちいち癪に障る言い方をする青年だ。隣に座る省吾は腹立たしさを拳に込めてぐっとこらえる。 「まずは立てこもりのことだ。どうしてあの人たちを人質にした」 「確証がなかったんです」 「何の確証だ?」 「刑事さんは覚えていますか。昨年八月に都内で起こった通り魔殺人事件」  金沢は一拍置いてから頷く。 「ああ。確か大田区の大森駅前で起こった事件で、けが人十数名と死者も数人でたという」 「それです」と間髪入れずに石川は首肯する。 「その数人のうちの一人が僕の姉です。姉は背中を刺されて病院に運ばれました。運良く死ぬことは免れましたが、姉はその日から電車に乗ることができなくなりました。電車どころか外に出るのも怖がって、会社を辞めて婚約破棄になって。僕たち家族すら寄せ付けませんでした。そして、一人になった姉は去年の暮れに自殺しました」  省吾は唾を飲み込んだ。その事件なら省吾も耳にしていた。平日の夕暮れ時に起こった事件で犯人が捕まった報告はいまだ聞いていない。つまり、 「お姉さんの復讐か」と金沢が代わりに訊いた。しかし、ここでも石川は否定する。 「復讐ってほどでもないですけれど、いくら聞いても警察は全力で捜査しているとの一点張りでろくに犯人逮捕の報道は出てこない。僕らが普段授業を聞いている間、用を足している間、飯を食って夜になって布団に寝ている間、その殺人犯も同じように暮らしているんですよ。平然と何人もの命を奪っておきながら、普通の人の様に生きているんです。それって許されないでしょう」  話すにつれて少しずつだが語気が強まる。青年は依然として笑っていた。しかし、心の中で静かに怒りを燃やしていた。 「だから探すことにしたんです。警察に頼っていてもダメだって。自分で見つけてその人には正当な罰を受けてもらいたかったんです。姉の死を、孤独を恐怖を感じてほしかった」 「だったらどうして」  思わず省吾は口をはさんだ。金沢に向けられていた視線が省吾に映る。 「だったらどうしてあんな惨いことをした? 見つけた時点で警察に通報すれば君はここに来る必要はなかったんだ」 「僕は何もしていませんよ」  冷たい声が返ってきた。狼狽える省吾を見たまま石川は首を傾げた。 「確かにあの人たちをあの部屋に閉じ込めました。でも、僕はそのあとのことは何もしていません」 「馬鹿言うな! だってあの部屋では……」 「はい。人が死にました。でもあれは僕がしたことじゃない」 「どうなんだ」と金沢が書記を務めている後輩に尋ねる。検視の結果によると、広間で取り押さえられていた女性の衣服や肌には複数の血痕が残っていたらしい。しかし、石川の衣服や泊まっていた部屋をひっくり返しても血液反応は一つも出てこなかったという。  ますます意味が分からない。それならばいったいどうしてあの惨事が起こったのだろう。金沢が俯き、省吾が固まっていると、後輩が「一つだけ」と付け加えた。 「石川の部屋からノートパソコンが見つかり、どうやらそれで被害者たちがいたあの広間を監視していたようです。それがどうもおかしくて……」  首をかしげる省吾たちに書記がパソコンのモニターを見せてくる。早送りで進めていくと、突如女が老人の頭をつかんで壁にたたきつける。そして今度は青年がその女の腹を切る。 省吾は無音の動画に釘付けだった。次々と繰り広げられる殺人は被害者同士で行われていた。 「こんなことって……」  愕然とする省吾に対して石川は素直に座っている。画面をのぞき込もうともしない。 「だから言ったでしょう。僕はただ彼らを閉じ込めただけです。本当はそんなことしたくなかったんですが、流石に素人の捜査では一人に絞り込むことができなくて。だから彼らに言ったんです。『この中に殺人犯がいます。若し自覚がある人は速やかに名乗りだしてください』って。そしたら急に皆さん周りを疑い始めて。人間って恐ろしいですね。先ほどまで同じ境遇にあった被害者としてのきずなが芽生えていたのに、途端に人を信用できなくなる。それで相手を殺してしまうのだから。僕も見ていて気持ちの良いものではありませんでした」  平然と語る石川の目に命が宿っていない。彼の一言で被害者たちは混乱して恐怖心に駆られて人を殺したというのか。  石川は伏せていた目を上げて省吾たちを見る。 「刑事さん、それでも僕は………」
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