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25)大切な人の幸せ
蒼はドラムセットを片付け終え、ライブハウスを出ると、初老の男性が1人立っていた。
「新垣蒼くんですか?」
「はい、そうですが…」
男性は一枚の写真を取り出し、蒼に見せた。「俺達の写真!」
その写真には、翠と芽衣、幼き日の蒼が写っていた。懐かしさと悲しみに、蒼は涙ぐみそうになった。
男性は正真正銘、優衣の父親だった。
「芽衣ちゃんは俺のせいで…」
蒼は涙ぐみそうになった。俺を庇い翠が死に、芽衣は悲しんで翠の後を追った。
切々と語る蒼に、男性は首を横に振った。
「芽衣は、君に色々言った様だが、すまなかった…本当に…」
「俺もあの日、傘なんか持っていかなければ…」
「違うよ。あのとき君は、2人を守ろうとしたんだろう?」
蒼は小さく頷いた。
「芽衣は君と別れた後、物凄く泣いてて。もちろん翠くんを亡くした悲しさもだけど、一つは蒼くんに色々言ったことを物凄く後悔してたよ」
「芽衣はあんな結果になったけど、本当は蒼くんに感謝してたんだよ。あんなに自分達の事を喜んでくれて。
翠くんといる芽衣は、いつも楽しそうだった気がする」
蒼は嬉しくなった。
あのときは小さくて、力が無くて、屈辱的なことも受けて…それから強くなろうって。誰にも負けない様、戦わなくて済む様に強くなる。ただそれだけだった。
「おじさん、お願いがあります…芽衣ちゃんの墓地に案内させてください…
それから、わがままを申す様ですが…」
「ありがとうございました」
蒼は芽衣の父親に頭を下げ、墓地を出た。
ロケットペンダントには、翠の他に、芽衣の遺骨も入っている。
(翠にぃと芽衣ちゃんを一緒に)
蒼の願いを、芽衣の父親はすぐに理解してくれた。
二人が結ばれたのか、空で寄り添いながら生きているのかはわからない。
蒼は、2人は絶対に一緒になってもらいたかった。ただそれだけのことだった。
その夜、蒼は夢を見た。なんと、翠と芽衣が夢の中に出てきたのだ。
蒼は6歳当時の姿になっていたが、感情は現在のままだった。
芽衣は蒼を抱きしめながら涙を流した。
「蒼くん…ごめん…」
蒼も涙を流した。
「翠にぃ、芽衣ちゃん、会いたかったよ!」
子供の姿をした蒼は、2人に抱かれて声を上げて泣いた。幼い頃以来の、愛おしい姿。
あのとき、本当は一緒に翠の死を悲しむ筈だったのに…蒼くんに酷い言葉を投げつけてしまった。
ずっと、蒼くんの泣き顔が忘れられなくて…
蒼くんは、あの日突然降り出した雨に、私達に傘を届けに行っただけなのに…
芽衣はずっと後悔していた。蒼を抱きしめながら、一緒に泣いていた。
蒼は泣き止むと、自分の状況を話し始めた。もう直ぐメジャーデビューする事、翠がファンだった茜をずっと目標にしてきた事、茜を愛してしまった事を訥々と話した。
「茜さんには大切な人がいるのに…どうしても抑えきれなくて…」
蒼の眼には涙はなかったが、横顔が悲しげだった。翠は悟った。蒼は他人の幸せを願う反面、叶わぬ恋に悩んでいる。蒼はいつも人の幸せを願っていたから。
「しかしお前も大胆な事するなぁ。遺骨を分けてくださいって」
翠は驚きながら話すと、蒼は照れ臭そうに
「だって…翠にぃと芽衣ちゃんが一緒になってほしいって思ったから…」
蒼の表情は、遠い昔、2人の祝福の証にたんぽぽを渡したときと同じように、幸せに満ちているように見えた。あのとき、蒼は心から祝福してくれた…翠と芽衣は蒼の気持ちを感じ取り、涙ぐんだ。
「芽衣ちゃん、お父さん元気だったよ!俺、お父さんに会えて良かったと思う。翠にぃといる芽衣ちゃんは、幸せそうに見えたって」
蒼は一番大事なことを伝えた。芽衣がこの世を去り、男手一つで育ててきた父親は一人暮らしだ。芽衣はとても気がかりだった。
「蒼くん、ありがとう…」
「やっぱり、これでよかったんだ」
蒼はペンダントを強く抱きしめながら、涙を流した。翠と芽衣に対する今迄の悲しい感情とは違う、嬉しさがこみ上げてくるものだった。
これでこの地に未練はなく、あとは荷物を片付けて、出発しよう。だけどやっぱり
「茜さんに、夢ではなくきちんと想いは伝えたい。通じ合わなくてもいい。俺の気持ちだけはどうしても伝えたい」
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