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27)鶴の願い
蒼のデビューに向け、プロデューサー、マネージャーなど次々とスタッフも決まる。
マネージャーは田口俊吾が就くことになった。通称「タグ」。新卒で事務所に採用されたタグ。蒼と同じ年齢の彼にとってもマネージャー業のデビューとなった。
また、彼は茜のバンドHysteric Candyのメンバー「タグ」の甥っ子でもあり、運命の巡り合わせにも驚いたが、蒼には茜のことを聞き出す魂胆は毛頭なく、茜に対する想いも告げなかった。あくまでもマネージャーとして接する事にした。
蒼はすぐにタグと打ち解けられた。タグが隣県の鹿児島県出身であることも、2人の距離は縮まった。蒼は普段は他人と信頼関係を築く事に時間をかけるが、タグには理由のない安心感が最初からあった。
蒼のデビュー曲、レコーディングのスケジュールが次々と決まった。発売日は4ヶ月後。宮崎で生まれ育った蒼にとって、晩秋の東京は夜が長く寒く感じたが、歌に対する情熱は日々高まる。
蒼は、デビュー曲よりカップリングの曲の歌詞の世界を見た途端、行き詰まった気持ちになった。
「この歌、歌えるだろうか…?」
その曲は遠い昔、身分の違いで結ばれる事を許されず、心中した2人の悲恋が描かれていた。
様々な運命や試練に耐えながら、自らの運命を切り拓いて来た蒼にとって到底受け入れられる世界ではなかった。
愛しているのに、二人で逢うのは許されない…
あの世でなら許される…
だから、一緒に二人で消えて永遠に結ばれよう…
もし生まれ変わったら寄り添って生きたい
歌詞はその様な内容だった。
楽曲は基本的には蒼の作詞作曲、デビュー曲も蒼自身が書き下ろしたのだが、カップリングの曲だけは、蒼の唯一無二の声に惚れ込んだ作家がどうしても彼に歌ってほしいと詞曲を書き下ろしたのだ。
なんで…愛し合ってるのに…
蒼は自由に恋愛ができない時代背景を頭では理解していたが、運命を切り開けない二人が不憫で歯痒さも感じていた。
何よりも、遠い昔に離れ離れになった翠と芽衣の事を思い出し、胸が張り裂ける思いがした。あの二人は天に召され寄り添っているとはいえ、亡くなった頃を思い出したのだ。
やりきれない思いを抱えたまま、カップリング曲のレコーディング当日を迎えた。
レコーディングブースには蒼が一人。コントロールルームにはディレクター、プロデューサー、マネージャーのタグ達がいる。
蒼が歌い出した瞬間、3人は驚いた。
何と、蒼が曲の中の悲恋に暮れた少女の姿になっていたのだ。
その姿は嫋やかで、愛する人への想いを募らせる悲しそうな少女。
蒼の透き通った、穢れなき綺麗な声がレコーディングブースの中に、哀しげに響く。
冷たい季節が過ぎて
あなたと手を取り合えても
もう二度とあえないと
運命に従うしかないの…
二人は離れないと
蒼い底へ消えた
「蒼!?」
ディレクターが思わず声を上げそうになるのを、タグが抑える。
レコーディングブースにいるのは新人歌手の「新垣蒼」ではなく、今度は幼い少年の姿に変わっていた。6歳の蒼だった。
その少年は涙を流しながらも、瞳を強く光らせ、声を張り上げていた。
時を超え
遠い世界へ白い鶴が
寄り添う様に飛び立つ
誰かの幸せを願い
純白(ましろ)の翼を遺した…
(僕たちは運命に抗せず命を絶つことを選び生まれ変わったけれど、今を生きる愛し合う者同士よ、どうか幸せに生きてほしい…
歌詞の最後の部分はこのような願いが込められている。
「二人」は人々の幸せを願う、嫋やかな白鶴に生まれ変わったのだ。
蒼は願いながら気持ちを込めて歌う。
その気高さに、スタッフ達は言葉を失っていた。
レコーディングは一発OKだったが、指示が出た直後、蒼は崩れるように倒れた。
「蒼!?」
3人は蒼に駆け寄り大声で叫ぶが、目を覚さない。一瞬焦ったが、さらに驚いた。
なんと、蒼は寝息を立てて眠っていた。
「はぁ!?3日くらい寝てない!?」
目を覚ました蒼に、タグは
「タグ、あんまでかい声出さんでよ。てげ頭に響くわ…」
「蒼、お前没頭すんのはいいけど、いー加減三食食べて寝る生活せんか!こんなんじゃツアーもできんよ!」
蒼は没頭すると全てを忘れるという悪い癖があり、タグも度々注意していた。「はいはい」と聞いているのかないのかわからない蒼に、タグは呆れたように溜息をついた。
蒼は眠っている間、飛び立つ二羽の鶴が羽を二つ、蒼に降らせた夢を見た。その羽は純白なものにも関わらず、青や紫に光る不思議な羽だった。
夢でもらったにも関わらず、不思議な事にその羽根は、蒼の肩付近に残されていたのだ。
蒼は羽を箱に入れ、大事にしまっていた。
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