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28)タンポポの輝き
「おーい、Mスター始まるよ」
週末、珍しく4人揃った藤井家に、紫の声が響く。
今日は藤井家にとって、待ちに待った日。
人気音楽番組「Mスター」に、新人歌手の「新垣蒼」が出演する。紫は運良く公務が夕方に終わり、放映時間に間に合った。
1ヶ月前にデビューした蒼。
デビューCDも買ったが、音楽配信もされ、藤井家で早速聴いている。蒼から紫宛に贈る旨の連絡があったが、政治家である紫は公職選挙法違反に抵触する恐れがあるので断り、きちんと自費で購入した。
無垢なハイトーンボイスは、激しく、時に優しく響く。
ジャケットの中の蒼の瞳は、あどけなさを残しながらも強く輝いていた。まるで、未来への不安と闘うようにも見えた。
Mスターの時間となり、人気歌手に続いて蒼は一番最後に登場した。無名の新人歌手のせいか、観客席の拍手はまばらだったが、藤井家にとっては1番のメイン歌手だった。
人気歌手の可愛らしい雰囲気や独特なビジュアルの中に、白いコットンシャツにパンツスタイルの蒼は、素朴な雰囲気でいかにも場違いに見えたが、胡蝶蘭や薔薇に囲まれても、逞しく輝くタンポポのように見えた。その様子を見た茜は思わず「穢されていない」と口走った。
蒼の出番になり、歌う前の短いトークに笑顔で答える蒼。ややぎこちない印象ではあるが、丁寧に誠実な姿勢が伝わる。
今日はドラムを叩きながら歌うらしい。
30数年前に現在では大御所となった歌手がドラム叩き語りでデビューしたが、その再来と言われていることに、蒼は首を傾げた。実際にドラムを叩きながら歌う事は至難の技で、こなす歌手が中々出て来なかったのだ。
「ドラムを叩きながら歌う、中々難しいよね?」
司会者が気さくな雰囲気で質問すると、蒼の表情が綻んだ。
「色々苦労しましたけど、8ビートから始まり、タンゴ、ジャズも叩けるようになったら、楽しくて仕方なかったです」
苦労をものともしない雰囲気の蒼が頼もしく見えた。
デビュー曲の「月の雫」は、蒼の作詞作曲だが、もう一曲の「鶴の願い」も両A面で二曲のメドレーだ。
優しげなストリングスの前奏から始まり、蒼の初々しくもしっとりとした声が流れる。ゆっくりしたテンポに、蒼の優しくも力強い声とドラムの音が絡みながら響く。
月燈の下
あなたは何を想うの?
儚い光に揺れる
あなたの姿
消えないで
優しい声とは裏腹に、真っ直ぐに愛する人に向けるような瞳。その力は強く、一気に人を惹きつけるものだった。
「…!」
画面越しだが、茜は蒼と目があった気がした。
「蒼さん、やっぱ凄かった!」
「なんか天使みたいだった!」
誠南と愛羽が興奮気味に話す中、紫と茜は黙っていた。まるで蒼が、2人を挑発しているような感じがしたのだ。
蒼の地上波初出演。
非常に緊張していたようだが、歌いきった。
初々しい印象ではあったが、楽曲の素晴らしさやドラムの叩き語りに加え唯一無二の声、何よりも蒼の歌に対する誠実な姿勢、そして何よりも「蒼の靭さ」が視聴者に伝わったようだ。
YouTubeで蒼のライブ動画は再生回数も多いのだが、TVとなると更に大勢の目に止まる。
この日から「新垣蒼」の名前が、少しずつ日の目を見るようになる。
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