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33)痛みを分けて
幼い頃、父や兄に言われたこと
「男は辛くても泣くな」
愛する人にとって
大切な人が突然命を奪われた事
愛する人が嘆き悲しむ事
全てが事実ということが、悲しくて、辛くて…
天使は、我慢できずに涙を流していた。
まるで全身が泣いている様に。
茜は再び、あの青紫色の翼の天使に出会った。名前は知らない。
綺麗な瞳からは、哀しみの蒼い涙が流れている。懐かしい…何処かであった事があるような、
「あなた、どうしたの…?」
茜は天使に話しかけた瞬間、涙が溢れた。
「…あなたも…泣いてるよ」
天使は蒼い涙を流しながら言葉を返す。
茜が愛する人を失った事を、この天使は心の底から悲しみ、全身で泣いていたのだ。茜は胸が痛くなった。他人の痛みを自分の事のように受け止めて…
茜はいつの間にか、天使に身を預けていた。
天使は、そっと小さな身体を抱きしめる。
その瞬間、この天使が痛みと苦しみをわかってくれる気がした。
「あたし…あの人を助けられなくて…
あなたまで悲しませてしまったのね…
「茜さん、自分を責めないで…茜さんは、悪くない。俺は、茜さんが辛い目にあった事、悲しいままでいるのが辛い…」
天使は泣きながら語る。目の前で愛する人が殺されてしまう…考えただけで胸が張り裂ける。
この純粋な天使は、誰なのかがわからない。だけど自分の名前を知っている。
(茜さん…痛みは、俺に預けて…
茜さんが苦しみませんように…)
茜には、声にならない心の声が聞こえてきた。
華奢なようで力強い腕。汚れていない純粋な瞳…
まるで陽だまりのような温かい心…
茜は天使の正体が誰なのか、思い出した。
「蒼くん!?」
茜は天使の正体を思い出した瞬間、目が覚めた。天使の姿はなく、いつものベッドに横たわっていた。
(夢…かぁ)
蒼くて純粋な天使の姿が、とても懐かしく思えた。
誠南からLINEが。
「お母さん、7月23日、24日開けといて!
蒼さんのライブが宮崎であるよ!野外だよ!
23日は俺と愛羽の3人で行こう!24日はお母さん1人で行ってきて!チケットは取ってある」
蒼のライブチケットは入手困難になっているが、誠南と愛羽は蒼のファンクラブに入っているので何とか取れた。
って1人で行くの?
「お母さん、絶対行ってね!」
蒼はデビューして10年が経とうとしていて、今も第一線で活躍している。あの外見だ。周囲から相当言い寄られ、自分の事は忘れているだろう。
蒼の歌どころか、歌自体を何年も聴いていない。
茜は携帯から音楽配信のアプリを取り、蒼の曲をダウンロードした。
優しい、透明感がある声。それでいて力強い意志も感じる。
愛する人を想う真っ直ぐな気持ち、幻想的な世界、泥臭い内容、男女の行きずりの恋まで、様々な歌をサラリと歌いこなす。歌う姿は如何だろう。動画を検索してみた。
「…!?」
茜の呼吸が一瞬止まった。
透明感のある声とは裏腹に、力強い表情と眼差し。まるで何かと闘っているようにも見えた。
初めて見る表情ではないのに、驚かずにいられなかった。
そして、携帯の中の蒼が、茜に向けて歌っているような気がしたのだ。
成熟はしつつも、あの頃と、アマチュア時代と変わらない情熱と、純粋な瞳。
あの芸能界にいて、何者にも染まっていない純粋でひたむきな姿は、気高く見えた。
これは観に行かねば…
茜は誠南のLINEに返信した。
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