34)無数の星の中から

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34)無数の星の中から

 ワーーーーーッ  野外のライブ会場。  宮崎なので、開場の6時を過ぎても、7月なのでまだ明るい。  太平洋に面した会場なので、ライブの熱気と海風が合わさった空気が、蒼には心地よく感じられた。  大勢の観客の歓声に、蒼は迎えられる。  小さなライブハウスでの無観客から始まり、約20年後には1万人を超える観客に迎えられた。  一礼してドラムセットに腰掛け、力強い演奏が始まる。ギター、ベースはMOONのメンバーのままだ。人見知りで初対面の人間と打ち解けるのに時間がかかる蒼は、メンバーチェンジをしない。そして彼らは、心から蒼を全力でサポートしておりかけがえのない仲間に変わりはなかった。  茜が蒼と初めて出会った12年前。あの頃よりは大人びて貫禄も出てきているが、アマチュア時代の素朴な雰囲気と純粋さは変わっていない。  蒼のライブスタイルは、本編では一度しかMCを挟まず、アンコールで再び語る。  バラードはハイトーンボイスでじっくり聴かせる。切なくも激しい気持ちで、客席の隅々まで、観に来れなかったファンのためにも外に届くように歌っている。  蒼の全身全霊のパフォーマンスが、多くの人を惹きつけ、それもまた多くのファンが支える理由の一つになっていた。  ロック調の曲はステージを縦横無尽に駆け抜け、時折観客を煽ったり、客席にマイクを向け一緒に歌う。  観客の多くの笑顔。  この瞬間が、蒼にとって最高の時間となっていた。  本編最後の曲が始まる前に、1万人の観客の中から、蒼は愛する人の姿を見つけた。  歳を重ねているとはいえ、愛しい姿はあの頃のまま。  一瞬、2人の目が合い、時間が止まった。  (茜さん…)  蒼は愛する女性の名前を叫びたいのを抑えて歌い続ける。  (茜さんに届くように歌うから、聴いてて…)  蒼は目で一瞬で伝え、願うように歌った。  手を伸ばせば  希望はすぐそこに  夜明けを共に迎え  喜びを一緒に…    アンコールの1曲目を終えると、蒼はMCに入った。  「今日は本当にありがとうございます。  宮崎から、もしかしたら遠くから来てくださった方もいると聞いています。  移動、本当に大変だったと思います…   そして、今日は皆様の他に、お礼を伝えたい人が2人います」  「5年前に亡くなった、紫知事です」   蒼の言葉に、観客はざわめいた。   茜は驚きで一杯だった。   奇しくも明日は、紫の命日だ。  「皆さんは、俺が過去に人に襲われた事件はご存知と思います。  そのときに献身的に看病してくれたのは、紫知事夫妻でした」  蒼の生い立ちや過去に受けた性的暴行事件は、いち週刊誌からのスクープにより、マスコミに大々的に取り上げられ、世間の衝撃も大きかった。被害者の蒼は心無いバッシングを受けたが、それでも蒼は包み隠さず話した事、ファンや世間の支持も取り付け、イメージダウンする事なく、トップアーティストの道を進んでいる。逆に後日報じたマスコミが批判を受ける形になり、もはやメディアが世間の認識を支配する時代ではなくなっていた。  「自暴自棄になっていて、夢を諦めかけていた俺に、歌を諦めるな、と強く言ってくれて、背中を押してくれたのは、紫知事でした」  茜は初めて聞く話に驚いた。確かに蒼が病院に運ばれ、意識を取り戻したとき雑炊を持っていったのだが、このときに紫に「男同士で話したい事がある」と部屋を追い出された。  まさかあの2人は、そんな話をしていたのか…  屈辱的な目に遭っても、栄光を手にしても、穢されていないその姿は、驕ることも蔑むこともなく気高いものだった。  「そして、もう1人は、 俺が歌手を目指すきっかけとなった、hysteric candyの茜さん」  茜の名前にワァッと、観客がどよめく。茜は現在引退してメディアには一切姿を出していない為、幸い茜の現在の姿を知る者はいない。  「小さい頃から歌が好きで、彼女のファンで…生き生きと歌う彼女を観て、ずっと目標にして頑張ってきました。今後も目標に頑張っていきたいと思います。  もし俺の歌で、誰かが喜んでくれたら、と思いながら、昔から歌ってきました。  そう思わせてくれたのも、茜さんです」    紫さんが観てくれたら、どう思うだろうか…  蒼はここまで言うと、涙ぐみそうになったが、何とか堪えた。  蒼が敢えて観客の前で、紫と茜の事を話す事にしたのは、宮崎の凱旋ライブにて自分のルーツと、観客の幸せを願う事を伝えるためでもあった。 「皆さんも、それぞれの形で、誰かを支えていると思います。  感謝と誇りを持ってこれからも生きていけたらと思います」  「それでは、新しい曲です。『無数の星の中から』」  ‪この世に溢れる ‬ ‪ 無数の星の中から‬  ‪あなたを見つけ 出逢った‬ ‪ かけがえのない‬星に  愛を捧げよう‬  あなたが悲しい時は  僕は月のひとしずくに  あなたが傷つく時は  僕は光になり護る    あなたを護るなら  僕はあらゆるものになろう  茜への想いを綴った詞を、蒼はありったけの想いをこめて歌った。  茜の目から涙が出た。  自分も無我夢中で歌ってきた。遠くまで伝える為に。  自分の歌が、誰かを動かし、誰かの心を揺さぶっていたなんて…  歌ってきて、よかった…  茜は過去の自分を労うと同時に、蒼に対して感謝の気持ちを、客席から送った。  私の歌を、聴いてくれてありがとう…  歌い続けてくれて、ありがとう…    蒼はライブを終えてステージを離れると直ぐにメンバーとタグに少し外出するとだけ伝え、外に出た。  人目を避け、ひたすら愛する女性の姿を探した。早く探さないと、二度と会えなくなってしまう…  蒼は不思議な力に導かれているのを感じた。  広い会場に幾千の人々が行き交う中に、その姿を見つけた。  「茜さん…」  車に乗り込もうとした茜を、やっと見つけた。  11年ぶりの再会。  東京に発つ前に、一瞬だけ小さな身を包みながら叶わぬ想いを伝えたことを思い出した蒼は、過呼吸になりそうなほど胸が苦しい。それくらい11年は長く、茜への想いは強かった。  蒼の記憶の中の茜は少し歳を重ねた印象はあるが、少女のようなあどけなさは変わらなかった。  5年前、どんな気持ちであの瞬間を迎えたのだろう。どんな気持ちで見送ったのだろう。  一瞬、様々な思いが巡り目頭が熱くなるが、涙を堪えいうべき事を言わなければ。前に進めない。  「蒼くん…」    「あの…お願いがあります!」  蒼は初めて茜と会ったときのように、顔を赤らめて言った。その中には大きな決意をしている事が茜に伝わった。  「明日は絶対に忘れてはいけない日だから!  だから…紫さんに手を合わさせてください!」  茜は蒼の意外な言葉に驚き、暫く言葉が出なかった。やっと放った言葉は  「10時に…海応寺の納骨堂入口で待ってる 場所は、セブンの近く」  蒼は大きく頷き、茜達に頭を下げて会場内に戻って行く。リハーサルは2時からなので大丈夫そうだ。その間幸いにも、ファンに見つかる事は無かった。  踵を返す蒼の後ろ姿に、まるで翼が生えているように見えた。
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